自己肯定感攻略ブログ

自己肯定感クエストに挫折した全ての冒険者たちよ、自己肯定感を攻略せよ

結論はいつも単純だ

ありのままを受け入れることと変化

について三つの記事を書いてきて、一応完結しました。

 

suzuki-m.hatenablog.com

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で。さっき、↑ この記事をアップして、改めて自分で読み返してたら、この記事で言ってることってつまりは

 

やりたきゃやったらいいよ。そしたら変わるから。

やりたくないなら変わらなくていいよ。

 

ってことだな、と。

 

 

あんだけクドクド説明して、単ッッッ純なこと言ってる(笑)

 

 

そうなんだ。

結論はいつも単純なんだ。

 

 

 

でも、その単純な結論を腑に落とすのに、たくさんの考えが要る。

 

 

 

単純な結論の後ろに、どれだけの考えが控えているのか。

それが人間の深みってことだと思う。

 

 

 

suzuki-m.hatenablog.com

↑ “腑に落とす”についてはこの記事もおすすめ。

 

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ありのままの自分を受け入れたら変われない?

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はいッッ!!!!!セルフエスティーム鈴木ですッッッ!!!!!!!!!!!!

 

前回の記事では、人は「自分を変えたい」と思ったとき、今の自分を否定しちゃいがちだけど、自己否定をしても自分は変わらないよ!という事を書いたね!

 

前々回から続いてる話だから、読んでない人は先に読んでくれ!!↓

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前回の記事にこんな感想をもらったよ!!!どうもありがとう!!!!

 

(略)

こちらの記事も拝見しました! 自己否定がよくない理由がよく分かりました。ありがとうございます😊
「他人への悪口は自己紹介」とよく言いますが、まさにこの理論だと思いました。

 

ところで、
"ありのままを受け入れていたら、今の自分に納得しちゃってて、変わる余地がなさそう。"

という件に関しては、記事を読んでなお、似たような事を感じます。

 

変化したいのは、自己否定があるから。
(ダメな自分を変えたい)
↓ならば
自己否定しないのなら、変化しなくてよい。
(OKな自分なら、変わる必要がない)

が成り立つように、私は感じてきました。

 

(……とはいうものの、この理屈は不健全な気がします。ですので、なんとか自分の軸を作る行動や、他者との連帯感を高める努力は続けています。しかし、変化する理由がないまま頑張るのは、しんどくてしんどくて堪りません。苦笑

自己肯定と、変化への欲求は両立するらしい、むしろセット?らしい??とも学んできましたが、それを実感したことがないのです。
3年ほど、この件で悩み続けています。)

 

そこで質問なのですが、

どうしたら
◆ありのままを受け入れつつ
◆「変化しようと思える」を両立できる
と思いますか?

 

もしよかったら、セルフエスティーム鈴木さんのご意見が聞きたいです。

長々とお読み頂き、本当にありがとうございます!
これからもあなたの事を応援しております!😊

 

前回の記事で「ここが書き切れてないよなぁ」って思ってたところにズバリ質問がきて、鈴木はとっても嬉しいよ!!!!!

書いたことが伝わっているというか、「理解しよう!」と読んでくれてるんだなぁ、と感じたッッ!!

 

てなわけで、今回は

変わるとは?

自分の軸とは?

について解説しつつ、

“ありのままを受け入れる”と変化がどう両立するのか?

について書いていくよ!!!!

 

 

おさらい

 

まず、これまでの話をざっとさらっとくと…

 

 

ありのままの自分を受け入れるとは

  1. いいとか悪いとかの価値判断を加えずに認識した自分を
  2. 「それでいい」と思う

ってことでしたね。

 

 

“忘れ物が多い”人の場合だと

 

「忘れ物が多くてだらしない自分はダメ」

とか

「忘れ物が多いってことはリラックスしてるってことだから、それでいい」

とかはありのままの自分を受け入れてなくて、

 

「忘れ物が多い自分。だがそれでいい」

がありのままの自分を受け入れてる。

 

 

そして、 変化 ってのは、具体的な行動を積み重ねた先にしかない。

 

“忘れ物が少ない自分”になりたいのなら、忘れ物が少なくなる方法を試してみて、上手くいった方法を定着するまで積み重ねるしかない。

 

これは、内面的な変化に関しても同じ。

 

“自己肯定感が高い自分”になりたいのなら、自己肯定感が高い人がやる選択・行動・考え方をそれが自然とできるようになるまで積み重ねる。

 

 

要は、変わるためには具体的な対策を選んで、それをやっていくしかないんだけど、自己否定ってのは本音の部分では現状の自分を認めてないんで、具体的な対策を取るって方向にいかない。

 

 

だから、自己否定から変化はうまれない、と。

 

 

そういう感じの話でした。

 

だいぶはしょってるんで、読んでない人は過去記事読んでくれ!!!!!面白いぞ!!!!!!
suzuki-m.hatenablog.com

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変化するとは?

 

変化する。成長する。自分を変える。

まぁ、なんでもいいんだけど、今の自分から、違う自分になること。

 

 

それって、目的ではなく結果なんです。

 

 

変化は具体的な行動の積み重ねの先にあるもんでしたね。

「変わりたい!!!!!」っていくら思っても、具体的な行動がないと変わらない。

 

 

つまり、

具体的な行動の積み重ね  っていう  過程

があり、

変化  っていう  結果

がある。

 

 

 

自己否定からくる「自分を変えたい」ってのは、この結果だけ手に入れたいってことな訳です。

 

 

そうなったら、過程=具体的な行動の積み重ね は苦行でしかない。

 

でも、 “今の自分ではダメ” だから、 “頑張って” やる。

 

具体的な行動を積み重ねるって過程においても、「本当はやりたくない」っていう気持ちを押さえつけて、ひたすら頑張る。

 

 

自己否定から始まり、自己否定を通しての変化。

 

これが自己否定からの変化。

 

 

 

「いやいや、でも「本当はやりたくない」って気持ちを全部受け入れてたら、変化なんて起きないでしょ!」

ですよね?

 

スポーツを例に考えてみれば、

「しんどい」「だるい」からって言って、練習をしなければ、上達はしない。

 

うん。

そりゃそうだ。

 

 

どゆこと?ってなると思うんですけど

これね、大前提が抜けてるんですよ。

 

 

大前提。それは

やってて楽しい

ってことですよ。

 

 

何が?

知らん(笑)

それは人それぞれだから。

でも、基本楽しいんです。

 

基本、過程が楽しいから、結果が生まれるんです。

 

 

私は空前絶後のインドア派なんで想像ですけど、野球の練習を体がしんどくても、だるくてもやれるのは、投げれなかった玉を投げれるようになったり、上手くできなかった動きがうまくできるようなったり、そもそも球を投げたり打ったり取ったりってのが基本楽しいからです。

 

 

変化ってのは、行動を積み重ねるっていう過程が楽しいからやってたら、いつのまにかついてくるもの。

過程がメインで結果はオマケです。

 

 

 

“忘れ物が多い”って例なら

 

「忘れ物が多いのはだらしがないし、人にも迷惑をかけるし…略…略...略...だから忘れ物をしない自分にならないと!!」って思って、忘れ物するたび自己否定して、頑張って頑張って頑張って忘れ物を減らす。

 

ではなく、

 

なんかすっごいハマる趣味を見つけて、毎週習い事にいくことにしたけど、持っていくものが山ほどある&毎回持っていくもののラインナップが違う。

忘れ物したら、楽しみで楽しみで仕方ない習い事の時間がムダになってしまう。

当然忘れ物対策する。

気付いたら忘れ物しない自分になってる。

 

ってことです。

 

 

変化は自己否定からではなく「楽しい!」から生まれるんですね。

 

 

ありのままの自分を受けれると、変化することが目的にはなりえない

とも言えます。

 

 

自分の軸とは

 

変化は「楽しい!」の結果生まれる。 

じゃあ「楽しい!」って いうのはどういうことか。

 

 

 何もせずに受け身でいて、「やっべぇ楽しい楽しすぎるゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」ってなることは基本ない(笑)

 

 

“楽しい”ってのは、「これが好きだ」「これがしたい」ってことを自分で選択するからこそ起きる感情ですよね。

 

つまり、自分の軸があるから、「楽しい!」訳です。

 

 

 

自分の軸。

 

 

 

これまた、よく聞くし、言葉の意味は理解できるけどよくわからない言葉ですよね。

 

 

自分の軸があるって言うと、

いつも首尾一貫した自分の意見をもってて、毅然とした態度で他人と接する…

みたいなイメージですけど、そうじゃなく

己の感情に正直

ってことです。

 

 

 

己の感情に正直に選択する…って、なんか軸がないっぽいですけど、逆なんですね。

 

己の感情に正直だからこそ、ブレないんです。

 

 

「これがいい」「これはいやだ」「これは好き」「これは嫌い」っていう己の感情に不正直に、頭だけで考えてたらブレるんですよ。

 

 

なにかを選ぶ時、自分の感情を選択の基準としないのなら、何を選択の基準とするのか?

金銭的メリット/デメリットか?

時間的メリット/デメリットか?

身体的メリット/デメリットか?

人からどう思われるかか?

選択の基準となるものは山ほどあります。

 

 

そして、その山ほどある選択基準の中から、常に一つだけの基準に則って選択する人なんていないんですね。

 

 

だって自分の感情は脇によけるからどの選択基準に則っても「これだ!」って決め手がない。

 

「うーん…金銭的には悪くないけど、体力的な負担が大きいなぁ…でも、金銭的にいいからこれにしようか」

「これは人に自慢できるからこれにしよう」

とかって、選択の基準がその時々でブレるんです。

 

 

 

「自分はこれがしたい」「自分はこれはしたくない」っていう、己の感情(軸)を無視しないからこそ、その人の取った全ての選択が一本の線の上に並んでいる。

 

 

これが、自分の軸です。

 

 

自分の軸の前提となるもの

 

 

ここまでの話をまとめると、

 

自分の軸があるから楽しい事をやれる

楽しい事をやる=具体的な行動が積み重なる

具体的な行動が積み重なった結果、自分が変化する

 

ってことですね。

 

 

例えば、

「行動力のある自分に変わりたい」

って思ったとして、

その行動力でなにをしたいのか?

って所がないなら、目標が地に足ついてないつーか、その目標自体が自己否定になってしまってるつーかね。

 

 

 

で、じゃあどうすれば自分の軸を持てるの?ってことですね。

 

 

もう、クドいんで結論からいいますけど(笑)、

ジャッジをやめるってことですね。

 

 

 

ジャッジをやめるから、ありのままの自分を受け入れられる。

ありのままの自分を受け入れてるから、自分の感情に正直になれる=自分の軸を持てる。

 

 

だってそうでしょ。

ありのままの自分を受け入れてないなら

「なんか楽しそうだからこれがしたい」

って気持ちが湧いたとしても

「でも、こんなことしたらかっこ悪いしな…」

「でも、こんなことをしてたらヘンだしな…」

って色々理由つけて押し込めちゃいますよ。

 

 

で、なんで

「でも、こんなことしたらかっこ悪いしな…」

「でも、こんなことをしてたらヘンだしな…」

って思うのかって言ったら、“こんなこと”してる他人を

「あんなことしてるのかっこ悪い」

「あんなことが楽しいなんてヘンな人だな」

ってジャッジしてるからですよ。

 

 

で、自分がしたい事を色々理由つけて押し込めたら、それやってる他人をまたジャッジするんですね。

 

 

「この人下手だなぁー」

「こんな下手なのによくやるよ」

「こことこことここがダメだよね」

とか…

“評論家”になるわけです。

 

 

で、“評論家”になって、人がしてることにアレコレ思ってたら、

自分もこれをしたら人からこんな風に思われるんだな

ってなっていって、ますますやりたいことができなくなっていく。

 

 

そういうことです。

 

 

自分の軸も

変化も

ジャッジをやめた先にあるんです。

 

 

だからみんなでジャッジやめようぜ!!!!!!!!!!

 

 

おしまい

 

はい。

 

どうでしたでしょうか!

 

どうしたら
◆ありのままを受け入れつつ
◆「変化しようと思える」を両立できる
と思いますか?

って質問に答えるとすると、

 

ありのままを受け入れつつ、「変化しようと思える」は両立はしない。

でもめっちゃ変化する。

です。

 

「まだ分からない所がある!」「納得できん!」って人は質問くれたら書くんで4649!!!!!

 

 

本当は、ここから更に“変化につながるもう一つの感情”について書いていこうとおもったんですけど、ちょっと長くなりすぎるんで次回に譲ります。

 

「楽しい!」のほかにも、もう一つ、強烈に変化につながる感情があるんですよね。

「楽しい!」がジワジワと変化するのに対して、もう一つの感情は即変化します。

 

どんな感情か考えてみてね!!

 

 

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自己否定から変化は生まれない

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ハイッ!!!!!!セルフエスティーム鈴木です!!!!!!!!!!!

 

前回の記事では

“ありのままを受け入れる”

ってどういうことなのかを解説しました。

 

 

 ↓ 面白いから読んでない人は絶対に読んでくれよな!!!

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

ありのままを受け入れるとは

  1. いいとか悪いとかの価値判断をせずに認識した自分/他人を
  2. それでいいと思う

でしたね。

 

 

例えば、「自分は忘れ物が多い」ってんなら

 

「忘れ物が多くてだらしない自分はダメだ」や

「忘れ物が多いのはリラックスしてていい事だ。だからそれでいい」とか

はありのままの自分を受け入れてなくて、

 

「自分は忘れ物が多い。だがそれでいい」

がありのままの自分を受け入れてる。

 

 

 

うん。分かりやすい。

 

 

でも、忘れ物が多い自分を変えたい!!ってときはどうしたらいいんでしょうか?

 

 

 

 

前回の記事を読んで

 

ありのままの自分を受け入れて「自分は忘れ物が多い。だがそれでいい」って思ってたら、いつまでたっても忘れ物が多い自分のままなのでは...?

 

忘れ物が多い自分を変えたいなら、忘れ物が多い自分を否定して、忘れ物をしない自分になるしかないのでは...?

 

って思った人もいるかもしれません。

 

 

今の自分を否定するからこそ、目指す自分になっていけるのだ!という感覚。

 

 

 

これ、理屈で考えたら正解っぽいんですが、実際の所は全く逆なんですね~。

 

 

 

という訳で今回は、

変化とはどうやって起こせばいいのか?

自己肯定感はどうやって上げていけばいいのか?

という本質的な話をしていきます。

 

 

今回の話を知っているのといないのとでは、自己肯定感クエストの攻略スピードが大きく変わってくるような話なんで、よーーーーーく読んでね!!!!!!!

 

 

 

 

自己否定の本音

 

ありのままを受け入れていたら、今の自分に納得しちゃってて、変わる余地がなさそう。

逆に、自己否定していたら、「今の自分はダメだから変わろう!」というモチベーションになりそう!!

 

↑ 一見、正解っぽいこの考え方がどうして違うのかを説明するために、まずは自己否定の裏に隠された本音を暴いていきましょう(笑)

 

 

 

まず、

ありのままの自分を受け入れてない=自己否定

ですね。

 

 

 

さっきの“忘れ物が多い”って例でいえば

「忘れ物が多くてだらしない自分はダメだ」

は、ありのままの自分を受けいれてないし、自己否定してる訳です。

 

 

自己否定は、“悪い”って価値判断が前提になってる訳です。

 

まぁ、そりゃそうですよね。

「これは悪い」「これはダメだ」

って価値判断無しに自分を否定することなんかできない。

 

 

「忘れ物が多いのはダメ」って価値判断がなけりゃ、「自分は忘れ物が多い。だがそれでいい」とありのままの自分を受け入れる一択な訳です。

 

 

 

なんで、「忘れ物が多いのはダメ」って価値判断が強けりゃ強いほど、「忘れ物が多い自分はダメ」って自己否定も強烈になっていくんですね。

同時に、「忘れ物が多いあいつはダメ」っていう他者否定も強烈になっていく。

 

 

 

 

「〇〇はダメ」って価値判断が自分に向いたら自己否定。

他人に向いたら他者否定(ジャッジ)。

 

 

この、価値判断と、自己否定・他者否定の関係はOKかな?

 

 

 

じゃーここで自己否定の本音です。

 

 

 

自己否定の本音ってのは

「本当の自分はそうじゃない」

です。

 

 

「こんなはずはない。これは何かの間違いだ」

これが自己否定の本音です。

 

 

 

 

じゃあ、他者否定の本音はなんでしょう?

はい、円楽さん早かった。

 

 

そうだね。

「こいつがそうだ」

だね。

 

 

 

 

「忘れ物が多いのはダメ」って価値観を持ってる人の自己否定の本音は

「自分が忘れ物が多いのは何かの間違いだ。本当の自分は忘れ物が多いダメな奴じゃない。こんなはずではない」

であり…

 

 

その人の他者否定(ジャッジ)の本音は

「忘れ物が多くてダメなのは自分じゃなくてこいつです!!!!!!!!!!」

なんですね…

 

 

 

つまり。

ありのままの自分を受け入れてない=自己否定してる=自分がそうだと認めてない

ってことです。

 

 

 

自己否定してる人=自己肯定感が低い人 がひそかに持っている“本当の自分”像ってのは、実際の自分よりも遥かに高い。

 

“現実の等身大の自分”に耐えられないから、現実的に到達不可能なくらい高い所に“本当の自分”を置いている訳です。

 

 

 

自己否定とは、その“本当の自分”と“現実の自分”のギャップを「そんなはずはない」と否定するためのものです。

 

 

つまり、自己否定とは“現実の自分”を否認している。

 

 

 

ある人が「忘れ物が多くてだらしない自分はダメ」って自己否定しているとき、その人は本音の部分では「自分は忘れ物が多い」ということを断固として認めてないんです。

「本当の自分はこんなはずではない」んです。

 

 

 

あーーーーーーーーーーーすげーーーーーーーーーーーーーーー大事。今すげーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー大事なこと言ってるから絶対ここサラっと読んだらダメよォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 

 

 

自分を変える=具体的な行動を変える

 

自己否定・他者否定の本音が分かった所で、次は、どうやったら自分を変えることができるのか?についてですが、

 

 

ここで一つ質問です。

 

 

あなたが何かスポーツしてて、そのスポーツがうまい人になりたいって時、どうしますか?

 

 

 

 

 

 

そうだね練習だね!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

野球のバッティングがうまい人になるには、上手に打てるようになるまで素振りとか…よう知らんけど…するし、

サッカーのドリブルがうまい人になるには、上手にドリブルできるようになるまでドリブル練習とか…よう知らんけど…するし、

バスケットのシュートが上手い人になるには、上手にシュートできるようになるまでシュート練習とか…よう知らんけど…する。

 

 

1番うまくいく型を、それが自然とできるようになるまで練習する訳ですね。

 

スポーツよう知らんけど!!!!!!!!!

 

 

 

内面を変えたいときも同じです。

 

 

 

自己肯定感が高い人になるにはどうすればいいのか?

 

自己肯定感が高い人間がする考え、選択、行動を、それが自然とできるようになるまで練習する。

 

自己肯定感が低い人が、自己肯定感が高い人になるには、具体的な練習を積み重ねる。

反復練習する。

要はこれだけの話なんですよ。

 

 

 

でも、自己肯定感が低い人は、自己肯定感が高い人のする考え、選択、行動は分からない。

だから、◯◯心理学とか◯◯療法とか◯◯理論とか.....っていったが世の中には沢山ありますね。

その型をどれか選んでひたすら素振りですよ。

カウンセラーっていう専属コーチをつけての素振りも効率的ですね。

 

 

 

スポーツとか音楽とか絵とか…そういうのと同じで、自分を変えるというのは、具体的な行動の先にある。

 

目標とする状態の自分がする考え、選択、行動を、それが自然にできるようになるまで練習するだけ。

 なんですね。

 

 

具体的な行動をするために必要なこと

 

 

自分を変えたいなら、今とは違う行動を積み上げていくしかない。

 

 

忘れ物が多い自分を変えたいなら、

メモの仕方を工夫するなり、置き場所を工夫するなり、

具体的に行動を変えて、上手くいった方法が定着するまで続ける。

それしかないんですね。 

 

 

 

で。

具体的に行動を変えるために必要な事…それは、現状認識ですね。

 

“忘れ物対策をする”っていう、具体的な行動をするためには「現状、自分は忘れ物が多い」ってことを認めないと始まらない訳だ。

 

 

 

アレレー???目暮警部~????でも、「忘れ物はダメ」って価値判断があって、「忘れ物が多くてだらしない自分はダメ」って自己否定してる人の本音ってのはなんだっけ~?

 

 

 

そうだね。

「自分は本当は忘れ物が多い訳じゃない。」

だね。

 

 

 

自己否定している=本音の部分で「自分は忘れ物が多い」ってことを認めてないのに「よーし!具体的に忘れ物対策しちゃうぞー!」なんてことには絶ッッッ対に!!!!!!!ないんです。

 

 

これが、自己否定から変化が起きない理由です。

 

 

 

変化は具体的な行動からしか生まれないし、

具体的な行動は、現状の自分をありのまま認めることからしか生まれないんです。

 

 

 そして、現状の自分をありのままに認めるためには、価値判断を手放す。

 

 

つまり、ジャッジに気付いて、一つ一つ手放していくってことですね。

 

 

 

さぁ、“ジャッジをやめる”素振りを始めようぜ?

 

 

おしまい

 

ハイッ!!!!!!!!

今回も最後まで読んでくれてありがとう!!!!!!!!!

 

 

今回の話を踏まえると、

世の中の色々な“型”の意義やら構造やら

がよくわかるようになるし、

自分にはどういう“型”が合うのか?

って視点も生まれるから、何回も読んでね!!!!

 

 

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ありのままを受け入れるとは?

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オッスオラ セルフエスティーム鈴木!!!!!!!!!!

いっちょやってみっか!!!!!!!!!!!

 

 

こんな感想をもらったよ!!どうもありがとう!!!!!

 

親を許す事なんて私は生涯ないと思う。
けどありのままの自分を受け入れられるようになって、ありのまま(未熟で幼稚な人間が親だった)の親を知り流せた。
許すなんてそんな簡単にはいかないでもそう言う人が世界にいることは解るし、そう言う人が親に来たことを受け入れる事は出来る。  

 

感想をくれた記事(自己肯定感を高めたければ、“許す”ことへの誤解の連鎖から抜け出そう - 自己肯定感攻略ブログ)の内容とは全然違う感想なんだけど(笑)、この人にとっては“許す=親を許す”にしか見えないくらい親の存在が大きくて、乗り越えようと頑張ってるってことかな、と。

 

 

で。

全く他の場所で、こんなことを書いている人がいた。

 

私は自己肯定感がとても低かったけれど、自己受容できるようになった。

そんな私の恥ずかしい過去を恥を忍んで書きます。 

 

うん。

 

 

2人とも、「自分はありのままの自分を受け入れている(自己受容している)」って言ってるけど、ありのままの自分を受け入れてないんだよね。

 

それがダメってんじゃないよ。

 

でも、ありのままの自分を受け入れてないのに、「自分はありのままの自分を受け入れてる」ってことにしちゃうと、自己肯定感クエストクリアは遠くなる。

 

 

※ 詳しくはこの記事を読んでくれよな!!!

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

立て続けに見たこともあって、「こういう人って少なくないんだろうなぁ」と思ったので、今回の記事は

“ありのままを受け入れる”ってどういうことか?

どうやったらありのままを受け入れられるか?

について書いていくよ!!!!!

 

 

 

ありのままを受け入れるとは

 

ありのままの自分を受け入れるって言うけど、ありのままの自分ってそもそもどういう自分なんでしょうか?

 

 

分かるようで、よう分からんって感じですね。

 

 

“ありのままの自分を受け入れる”に限らず、心の話にまつわる言葉ってのは全部そうです。

 

言葉の意味は分かるが、どういうことかよう分からん。

 

 

その、よう分からんことを、分かったフリしたら、そこで止まります。

具体的には、自分の今の状況をその言葉に合わせることに思考を使いだします。

「これこれこういう理由から、自分はもうありのままの自分を受け入れている」ということにしてしまう。

 

 

その言葉がよう分からんことから目を背けたらいかんのです。

いや、別にいいんだけど、自己肯定感を高めていきたいなら、目を背けるのは得策ではない。

 

 

 

はい。

話を戻して、

 

“ありのままの自分”ってのは、

いいとか悪いとかの価値判断を加えずに認識した自分

ってことですね。

 

そして、受け入れるってのは、

「それでいい」

です。

 

 

例えば、

 

「忘れ物が多くてだらしのない自分はダメ」

↑ これはありのままの自分を受け入れてない。

 

「忘れ物が多い自分。だがそれでいい」

↑ これはありのままの自分を受け入れてる。

 

 

 

ありのままの自分を受け入れるとは、

  1. いいとか悪いとかの価値判断を加えず認識した自分を
  2. それでいいと受け入れること

です。

 

 

 

大事なのは、

1.と2.、両方そろって“ありのままの自分を受け入れる”だよ

ってことです。

 

 

 

2.だけの「忘れ物が多くてだらしのない自分。だがそれでいい」みたいなのは“ありのままの自分を受け入れる”ではない訳です。

 

 

 

ちなみに、“ありのままの他人(自分以外の人)を受け入れる”も同じね。

 

 

  1. いいとか悪いとかの価値判断を加えず認識した誰かを
  2. それでいいと受け入れること

 

 

だから、

 

自分や他人に、未熟とか、幼稚とか、恥ずかしいとかっていうネガティブな価値判断をしながら「ありのままを受け入れてる」っていうのは、あり得ないんだ。

 

そして、“ありのままを受け入れてない自分はダメだ”って価値判断をしながら「ありのままを受け入れてる」ってのも、あり得ない。

 

 

 

鳴かないホトトギスをどうするか?

 

「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス

「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス

「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス

ってあるよね。

三人の武将の性格を表したやつ。

 

 

これ、どれも

鳴かないホトトギスはダメ

って価値判断をしてる点では同じな訳です。

 

 

三人とも、ありのままのホトトギスを受け入れてない。

 

 

ありのままのホトトギスを受け入れてあげてホケキョォッッッ!!!!!!!!!!!!!!!

鳴かぬならそういう種類のホトトギス

 

 

いやー、これ誰が考えたか知らんけど、本当にうまい(笑)

ありのままのホトトギスを受け入れるってこういうことですよ。

 

鳴かないホトトギスになんッッッの価値判断もしてない。

 

 

ありのままのホトトギスを受け入れるって、

「鳴かないホトトギスだっていいと思う!だから自分は鳴かないホトトギスとも仲良くする!」

とかってことではないんですよ。

 

 

それ、“いい”っていう価値判断してる訳ですからね。

ありのままのホトトギスを受け入れてない。

 

 

「鳴かないホトトギスが自分には合わないなー」と思うんなら、他の合うホトトギスを探せばいい。

 

でも、自分と合わないホトトギスを“ダメ”って思う必要はないってことですね。

 

 

ホケキョ。

 

 

ありのままの他人を受け入れる

 

私は飲食店でバイトしてるんですけど、お会計の時にお金を投げて渡す人がいるんですよ。

 

お金を投げて渡されると、反射的に「ぉお?」ってなる(笑)

お金を投げて渡されたことで、反射的に自分の価値が傷つけられた気になるんですね。

怯えかけてる。

 

 

↓ “怒り=怯え”の話についてはこの辺に詳しく書いてあるよ!!読んでくれよな!!!

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でも、そこで怯えるままに

「金投げてよこすとか、どんだけ常識がないんだろ…人を見下してないと自尊心を保てないこういう奴って本当にダメな奴」

とかなんとか相手をジャッジしたら、自分の存在する世界はバトルフィールドになる。

 

 

人間は、他人の内心を、自分の内心を当てはめることでしか想定できないから。

 

 

自分→他人の内心 = 他人→自分の内心

としか認識できない。

 

 

相手に密かに腹を立ててる時、何も知らないはずの相手が自分に腹を立ててるように感じることとかあるでしょ?

 

 

内心で他人を攻撃(ジャッジ)したら、他人から攻撃される世界が立ち現れる

ってことです。(実際の世界は何も変わってないけど)

 

 

 

冷静になって考えれば、起こった出来事は

お金を投げて渡された

だけです。

 

 

別に、自分の価値が損なわれるようなことが起こったわけではない。

自分の価値を損なえるのは自分だけです。

 

 

 

相手がどういう意図でお金を投げて渡したのか?

そもそも意図があるのかないのか?(手が滑っただけとか)

っていうのは、究極、相手に聞かなきゃ分からない。

 

 

 

分からないなら勝手に意味を読み取らずに放っておくんです。

 

 

 

相手は 

 お金を投げて渡す、人を見下した器の小さい非常識でバカでアホで下品なクソ野郎

ではなく、

お金を投げて渡すタイプのホトトギス

です。

 

 

 

「いやいや。自分なら相手を見下していないと人にお金を渡すとき、投げたりしない」

って声もありそうですね。

 

 

同じ事です。

 

 

 

人を見下すタイプのホトトギス

です。

 

 

 

「やだな」と思う事をされた時の対処法は二つに一つです。

 

「やめてね」と直接伝えてやめさせる(関係の深い相手)

ありのままの相手を受け入れる=許す(関係の浅い相手)

か。

 

二択です。

 

 

ありのままの自分を受け入れるようになるためには

 

そー。

もう、このブログを読んでくれてる人ならわかると思うけど、ありのままの自分を受け入れるようになるためにすること。

 

 

それは

ジャッジをやめる

ですね。

 

 

他人のことを、いいとか悪いとか勝手に判断してる自分に気付いて、一つ一つやめていく。

 

 

結局、

ありのままの自分の受け入れ度 = ありのままの他人の受け入れ度

なんです。

 

 

 

だから、他人のことを未熟で幼稚な人間という風にジャッジしている人は、自分のこともジャッジしてる(自己否定・条件付きの肯定)し、自分の未熟で幼稚な部分を受け入れてないってことです。

 

過去の自分を恥ずかしいと感じている人は、過去の自分と似ている人を「恥ずかしい」とジャッジしているし、今の自分もジャッジ(自己否定・条件付きの肯定)してるってことです。

 

 

 

これ、今回分かりやすいから引用して解説に使わせてもらったけど、感想をくれた人や他で見かけた人がダメ!!っていう話ではないですよ。

 

きっと、この記事を読んでる人の中には、同じような考え方をしている人もいると思いますけど、「ありのままの自分を受け入れてないのに、ありのままの自分を受け入れたフリをしていた自分はダメ」ってジャッジしたら、同じことですよ。

 

必死で、よりよい自分になろうと頑張ってるってことですよ。

 

頑張るあまりに結果を焦ったってだけです。

 

 

 

ジャッジをやめればやめた分だけ、あなたは、ありのままの自分もありのままの他人も受け入れるようになっていきます。

 

焦らず一歩一歩です。

 

結局それが一番早いです。

 

 

おしまい

 

 えーーーーーーーーー。

今回の話は、割と書くのが辛いというか、感想をくれた人とか、感想をくれた人と同じような考え方をしている人にとっては、否定されてるような気持ちになる話だろうなぁ、と思いつつ書きました。

 

 

でも、今回の話に気付かないと、自己肯定感クエスト進んでいかないんですよね。

 

なんで書きました。

 

 

この記事を読んできて、否定されたように感じる人は「本当にこいつが否定する気がゼロとして、なんで自分は否定されてるように感じるんだろう?」って考えながら読み返してみると、いいかもしれない。

 

 

↓ この辺の話も読んでみてくれ!

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

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自己肯定感を高めるための選択肢は増やすな

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セルフエスティーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーム!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

す!!!ず!!!き!!!

ですッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

自己肯定感クエスト攻略進んでますかーーーーーーーッッッ!!!!!????(元気ですかー!的ノリ)

 

 

自己肯定感を高めるための情報収集は欠かさない。

生き辛さを解消するための勉強をネットや本でいつもしている。

よりよい自分になるために、人一倍努力をしているつもりだ。

でも、現実は思うほど変わっていかない…。

むしろ、何も変わっていない気がして、時々むなしくなる…。

 

↑ が思い当たるあなたは、自己肯定感クエストの罠にハマってます。

 

 

自己肯定感クエストのプレイヤーは、ほぼ100%、心理学を勉強して自己肯定感を上げていこうとします。

 

しかし、実は、熱心に心理学を勉強すればするほど、自己肯定感クエストクリアから遠ざかるという罠が存在するんです。

 

ひどいひどすぎる!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

てなわけで、今回は、その罠の解説と、罠攻略の方法について書いていきたいと思いマッス!

 

 

選択肢を増やすと失敗する罠

 

まず、自己肯定感クエストプレイヤーがほぼ取るであろう行動をたどりながら

熱心に心について勉強すればするほどクリアから遠ざかる罠

について解説していきます。

 

選択肢を増やす

 

”生き辛さを解消するには、自己肯定感を高めるのが大事”と知り、自己肯定感クエストをプレイスタートしたプレイヤー。

 

 

まずは、どうすれば自己肯定感を高めていくか、調べなければいけません。

 

自己肯定感って概念自体よくわからない。まして、具体的にどうしていけばいいかなんて、もっとわからないから、手あたり次第情報を収集します。

 

そして、今日日調べようと思えばどれだけでも調べられる。

 

「どうすれば自己肯定感を高めていけるんだ?」

と調べているうちに、自己肯定感を高めるための選択肢は膨大にたまっていきます。

 

 

どの選択肢が自己肯定感を上げるのに一番効率的なのか?

どの選択肢が自分に一番合っているのか?

 

 

プレイヤーは選択肢をまだまだ増やし続けます。

 

取捨選択

 

さあ、選択肢を増やすのはもういいでしょう。

 

知り合いが言っていた「自分はこうしたらとてもよかった」という体験談。

ネットで見かけた「こうするのがいい」という意見。

本で読んだあの方法。

様々な心理学の理論...

 

選択肢はもう十分集まっています。

 

取捨選択タイムです。

 

 

 

できないんです。

 

 

いや、そもそも取捨選択をしようという発想自体湧いてこない。

 

 

何故なら、選択肢を減らすという事はとても怖い事だから。

 

未知の問題に対処しようとする時、人は不安な訳です。

不安に駆られて、選択肢を増やす。

そして、不安だから選択肢を減らせない。

 

 

選択肢は増えていく一方です。

 

 

膨大な選択肢を抱えて

 

さぁ、では、選択肢は増える一方で減らせない。

膨大な量の選択肢を抱えた時、人はどうするのか。

 

 

なんとなく、一番楽な選択肢を採用します。

 

 

採用ってほど能動的じゃないですね。

 

なんとなーーーーーーーく、一番楽な選択肢に収まる。

 

 

「これなら自己肯定感を高めていける!」という選択肢ではなく、”楽”な選択肢に収まるんです。

 

 

最も低い所に流れていく

 

奇跡的に、集めた選択肢の全部が全部スーパーナイスなやつなら、一番楽な選択に収まっても問題はないですね。

 

しかし、実際には、集めた選択肢ってのはスーパー玉石混交な訳です。

 

その玉石混交の選択肢の、石中の石、キングオブ石、エクストリーム石をなんとなーーーーーーーーーーーく選択してしまう。

 

 

楽な選択肢ってのは、行動しなくていい選択肢ってことです。

 

どれだけ知識(=選択肢)が増えようが、具体的に行動しなければ、当然自分の在り方は変わっていかない。

 

そして、知識を増やすだけでは、行動にはつながらず、知識を増やすことが目的化してしまう訳です。

 

 

選択肢を減らすとは

 

選択肢を減らすというのは、”決断する”ってことですね。

 

 

決断するというのは、決めた選択肢以外を断つってことですから。

 

 

未知の領域で、選択肢を減らすのは怖い。本能的に怖い。

しかし、己が手に入れたいもの(ここでは自己肯定感)は、行動しなければ手に入らない。

そして、選択肢を減らさなければ(=決断しなければ)行動はできない。

なら、選択肢を減らす(決断する)。

 

 

己が欲しいものを手に入れるために、「これだ!」と思う以外の選択肢を断つ。

 

 

決断とは、主体的でないとできないもんなんです。

 

 

そして、この決断する主体性というのは、自己肯定感の大きな柱です。

 

 

自己肯定感クエスト攻略の選択肢をどれか一つ「自分はこれでやる!」と決断することで、主体的な方向へ舵を切ってください。

 

 

安心して自己肯定感クエスト攻略法をしぼれ

 

 

とはいっても、自己肯定感を高めていく選択肢を一つに定めるというのは不安でしょう。

 

今まで聞いたことのない〇〇心理学というのを目にしたら、なにか画期的な攻略法が発見されたのかと期待して、ついまた選択肢を増やしてしまう…。

 

自分がまだ知らない、裏技みたいな攻略法があるんじゃないだろうか…と選択肢を増やすことをやめられない。

 

えーえー分かりますよ。

 

 

心!!!!配!!!!!御無!!!!!!!用!!!!!!!!!!!

 

 

自己肯定感を高めるという事に関していえば、選択肢を1つに絞っても、大して損しないんです。

 

 

何故なら、人間のナイスな状態(つまり自己肯定感がある状態)ってのはバリエーションがないからです。

 

例えば、自分だけしか感じたことのない新しい感情ってないですよね。

それと同じで、自己肯定感がある状態ってのも、そこに至るバリエーションはあっても、その状態自体にバリエーションはない。

 

 

 てことは、色々な心理学の理論や、ちまたのカジュアル心理学、自己啓発、宗教、スピリチュアルに至るまで、目指す状態は同じってことです。*1

 

 

そして、どの選択肢においても、その状態に至るには行動が必要なことに変わりはないんです。

 

どれだけ探しても、楽に自己肯定感を得られる選択肢は見つからない。

 

 

いいですか。

世の中には、自己肯定感を上げるための色々な選択肢がありますが、切り口が違うだけで、目指してる状態はどれも同じで、その状態になるには行動が必要なんです。

 

 

効率がいい悪いの差はあれど、自己肯定感を楽に即上げる画期的な方法!!!!!ってのはこの先どれだけ探してもないんです。

 

 

なら、早くどの選択肢を選ぶのか決断して、自己肯定感を上げるための行動を積み重ねていくのが結局一番早いんです。

 

 

だから、「自分はこの選択肢でやっていく!!」と決めることです。

 

 

 当ブログが勧める行動

 

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ウチとこのブログは、自己肯定感クエストを大きく二つの面に分けて、前半の(-→0)面はとにかくジャッジをやめることに注力しろって言ってます。

 

 

前半やることはジャッジやめる事だけ!

ジャッジを減らして、自己否定/他者否定が減った状態で、自分の軸や他者との連帯感を高めるための行動をしていく。

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私はそれが最短攻略ルートだと思っとります。

 

 

 ↓ 自己肯定感の図を詳しく説明した記事はこちら。読んでない人は読んでくれよな!!!!

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

どうなれば前半面クリアか?

後半の(0→+)面でしていく行動とはなにか?

についても今後解説していくんで4649!!!!!!

 

 

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*1:目指す状態の程度の差ってのはあるかもしれませんね。宗教の求道者が目指す状態と「生き辛さを解消して自分の人生を生きたい」って人が目指す状態は、方向は同じですが、程度が違う。

腑に落とすとは?-自分を変えたければ理解するだけじゃなく、腑に落とせ!

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どゥォもッ!!!!!!!!セルフエスティーム鈴木です。

 

 

「自己肯定感を高めていきたい」と自己肯定感クエストに参戦する人…このブログを読んでいるような人は勉強熱心で、向上心のある人だと思います。

 

たくさんの心にまつわる知識を持っているはずです。

 

 

でも、知識ってのは、その知識を自分のものにしているか否か、つまり、腑に落としているか否かで、有用性が変わってくる。

腑に落としていない知識をどれだけ増やしても、自分のあり方も現実も変わっていかないんですね。

オーマイガー。

 

 

てなわけで、今回の記事では、

腑に落とすとはどういうことか?

どうすれば腑に落とせるのか? 

について書いていきます。

 

 

 

腑に落としてる人、落としてない人

 

 

話を聞いてて、「誰かの受け売りっぽいな」と感じる人と、「この人はどんな経験をしてこんな考えになったんだろう」と感じる人っていますよね。

 

たとえ、二人が全く同じ事を言ってても

一方の言葉は「なんか実感が伴ってないというか…表面的だな」と感じ、

もう一方の言葉は「この人、この考えに至るまでに色々苦労してそうだな」と感じる。

 

 

前者はその考え方が腑に落ちてなくて、後者は腑に落ちてる訳です。

 

 

こういう場合、この2人の違いっていうのはなんなんでしょうか?

 

 

それは、自分で考えてその考えにたどり着いたか否か、です。

 

 

全て自分の頭で1から考えなきゃダメってんじゃないですよ。

 

誰かから聞いたり、本で読んだりして「確かにこういう考え方をした方が自分にはよさそうだ」と感じた考え方でも、

きちんとそこまで自分の頭で考えてたどり着く=腑に落とす

ことができれば、それは自分の考えになるんです。

 

 

逆に、自分の頭で考えていく事をしないまま、分かったフリをしたら、それは受け売りにしかならないんです。

 

 

 

 

腑に落とす=自分で考えて到達する

 

腑に落とすとは、

自分の今の考えから、「こう考えるようにした方がよさそう」という考えまで、自分で考えて到達すること

です。

 

 

聞いたり読んだりしたことを、理解するのは簡単なんです。

即です。

「あー、なるほどー。確かにこう考えた方がいいよねー」

と思った時点でもう理解してます。

 

 

でも、理解することと、その考え方を自分のものにすることはイコールではない。

 

 

理解したら、知識は増える。

しかし、自分は何も変わってないんです。

 

 

じゃあどうやって腑に落としていけばいいんでしょうか?

 

 

実例!腑に落とすとは!

 

例えば、「正解なんてない」って考え方がありますね。

 

「自分に自信がないから正解を求めてしまうけど、正解を求めれば求めるほど”べき”の意識が強くなってますます生き辛くなってしまう。だから正解なんて求めない方がいい。そもそも正解なんてないんだから」

とか書いてあるのを読んで

「なるほどなー。確かに正解なんてないって考えた方がよさそうだなー」

と思ったとする。

 

 

そこで、

「そう考えた方がよさそうだから、これからは「正解なんてない」って考えるようにしよう」

ってなったら、それは分かったフリです。

 

自分の考え方ではなく、借り物の考え方です。

 

そして、分かったフリをして、そのままなんとな~~~~~~~~~~~~く「気付いたら腑に落ちてた!ラッキー!」ってなることはねぇんですね。

 

 

自分の今いる位置を誤魔化すな

 

じゃーどうするのか?

 

それは、自分の今いる位置を誤魔化さないってことです。

 

 

「なるほどなー。確かに正解なんてないって考えた方がよさそうだなー」

と思う。

 

しかし、同時に、例えば

「でも、心理学の知識を使って自分を見つめることは正解だと思うけど。

だって自分はそれで色々なことから抜け出せたし、それをしてこなかったあの人は悲惨な状態になってるじゃないか」

って思ってる自分もいる。

 

それそれそれそれその本音が!!!!!!自分の今いる位置なん!!!!!です!!!!!!!!

 

 

「確かに正解なんてないって考えた方がよさそう。でもなー」って思ってる位置にいるのに「正解なんてないんだ」って言ったって、それは嘘ですよ。

全ッ然!腑になんか落ちてねぇ。

本音を誤魔化してるだけです。

 

 

腑に落とす第一歩は、まず、その「でもなー」って本音から目を背けないことです。

 

 

「でもなー」って思う今の位置から、「正解なんてない」って位置まで、自分で考えて到達すること、それが腑に落とすってことです。

 

「正解なんてない」っていう、到達したい結論まで、今いる位置から踏破せんことには、その結論は借り物の考えのままです。

 

 

知識としてその考えを知ることは、きっかけにしか過ぎない。

 

 

 

知識として「正解なんてない」という考えを知り、

それを目標として定めたのなら、

自分の今いる位置から、

「”正解なんてない”として、どうして自分は”心理学を使って自分を見つめること”を正解だと思いたいんだろう?」

「正解がないってことは、不正解もないってことになるけど、心理学を使って自分を見つめないあの人は、どうして不正解ではないんだろう?」

と、一歩一歩自分の頭で考えていくんです。

 

 

自分の今いる位置から、一歩一歩自分の頭で考えて、歩き切った先に

「本当に、正解なんてなかった…」

という驚きと感動があるんです。

 

 

踏み出せばその一足が道となる…

迷わず行けよ!!!!!!!!!!!!!

行けば分かるさ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

【自己肯定感の攻略本】で理想の自分に今からでもなれる!!!!

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自己肯定感を高めたければ、“許す”ことへの誤解の連鎖から抜け出そう

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はいっ!!!!!セルフエスティーム鈴木ですっ!!!!!!!!!!!!!!!!

リングネームっぽい感じでつけてみたけど、どうかな!!!!!!!!!(どうもこうも)

 

 

前回の記事で“許す”に関しては一回終わりにして、別の話題に移ろうと思ってたんですけどね。

 

もらった感想を読む中で、色々と気付かされたり、見えてきたことがあるので、もうちっとだけ続けることにしたんじゃ。

 

 

前回までは「“許す”ってのは本質的にはこーゆーことなんだ。だから大事なんだ」って話だったんですが、今回はもう少し全体的な、”許す”を取り巻く状況?についての話です。

 

 

 

 

”許す”ことへの誤解

 

 

ネットを見てると、”許す”ということへの誤解を本当によく目にします。

 

 

「許したら、相手のしたことを肯定することになる」

「許したら、相手と同じことをするようになってしまう」

「許したら、自分のことを尊重していない」

「許したら、相手を増長させる」

「許すとは、自分の感情を否定すること」

「許すことなんてなんのメリットもない」

 

他にも挙げきれないくらいあるわけですが、これらの意見は、”許す”ことに対する誤解に基づいてます。

 

 

 

↓ ”許す”とはどういうことなのかについては、過去記事を読んでくれよな!!! 

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

私も、“許す”ということがどういうことなのか分かりだしたのはたかだか1年前なんで、“許す”について誤解してる人の気持ちはよっく分かります。

 

 

”許す”ということが、自分の感情や考えを否定して、自分よりも相手のことを優先しなければできないものなら、そりゃ誰もしたくない。

 

 

”許す”ということがそんな自己否定の極みみたいなものなら、

「”許す”ことなんて、百害あって一利なし!!!」

「”許す”ことをすすめてくる奴は敵!!!!」

と思うのも当然のことです。

 

 

本当に、”許す”ということがそんな自己否定の極みみたいなものならね。

 

 

でも、その“許す”ことへの理解は間違っている。

 

 

誤解なんです。

 

 

 

私は、この“許す”ことへの誤解が、自己肯定感クエスト最大の罠だと思っとります。

 

 

”許す”は自己肯定感クエストを攻略する上で必須のスキルです。

 

 

何故か?

 

 

 

それは、

 

自己否定度=他者否定度であり、

 

自己否定/他者否定を減らしていく=自分や他人を許していくこと

 

だからです。

 

 

 

 ↓ 詳しい説明はこの辺を読んでくれよな!!!!!!図解で分かりやすいよ!!!!!!!

suzuki-m.hatenablog.com

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

その“許す”ことへの誤解は誰から教わった?

 

さぁ。

 

では、自己肯定感クエスト攻略のかなめスキルである”許す”に対する誤解は、何故生じたのでしょうか?

 

どっから、その間違った“許す”観がインストールされたんでしょうか?

 

 

このブログ読むような人なら、もう既にピンときてるでしょうけど(笑)

 

 

はい。

 

この、間違った“許す”観は、あなたが子供の頃、周りの大人からインストールされたんです。

 

 

あなたが子供の頃、“許す”を誤解した周りの大人から、間違った“許す”観をインストールされたんです。

 

 

大人が子供に“許す”を説く時

 

 

大人が子供に“許す”を説く時、どういう言葉が使われがちでしょうか?

 

 

「相手の気持ちを考えて、許してあげなさい」

「〇〇ちゃんも反省してるんだから、許してあげなさい」

「〇〇ちゃんがかわいそうだから、許してあげなさい」

「悪気はなかったんだから、許してあげなさい」

「お姉ちゃんなんだから、許してあげなさい」

「お兄ちゃんなんだから、許してあげなさい」

「そんなの大したことないんだから、許してあげなさい」

「また買ってあげるから、許してあげなさい」

「あなたも悪かったんだから、許してあげなさい」

 

 

まーーーーなんつーのか、怒った当人の気持ちや意向なんて丸無視な言葉のオンパレードですね。

 

 

当然、これらは“許す”ではありません。

 

 

 

要するに、子供の間で問題が起きてるのを丸く収めたい大人の、テイのいい建前として“許す”は説かれがちな訳です。

 

 

こんな文脈でばかり説かれていたら、子供は“許す”に対してこんな理解をするでしょう。

 

 

「“許す”とは、自分の気持ちを無視することだ」

「“許す”とは、自分がどれだけ辛かろうが、せねばならないものだ」
「“許す”とは、自分より相手の気持ちを優先することだ」

「“許す”とは、自分の感情を否定することだ」

「“許す”とは、相手だけが得をすることだ」

「“許す”とは、人から押し付けられるものだ」

「“許す”とは、自分のわだかまりを無視して仲良くすることだ」

 

当然、すべて誤解です。

 

 

 ”許す”を知る機会がない子供

 

それでも、子供は大人から許されれば、”許す”ということがどういうものか、理解するきっかけにすることができるでしょう。

 

 

大人が子供を”許す”、特に親が子を”許す”とは、とりもなおさず、子供の存在を丸ごと受け止める、ダメな所も含めて丸ごと肯定することです。

 

 

 

 

”許す”ということがネガティブに語られがちなのは、親子関係、いわゆる“毒親”の問題においてでしょう。

 

毒親”の定義は人によって色々だとは思いますけど、ここでは、”子供の自己肯定感を低めてしまう親”と定義するとしましょうよ。

 

 

 

子供の自己肯定感を低めてしまう親というのは、その親自身が、自己肯定感が低い。

 

 

人は、人を自分がいる位置より高くには導けないんです。

 

 

親自身、自己肯定感が低いから、”許す”とはどういうことか分からないし、許せない。

 

 

 

毒親”と呼ばれる親は、子どもを許せないんです。

子供を、ダメなところも含めて受け止められない。

 

 

 

そうすると、その子供は、親から許されたことがないまま、

 

「相手の気持ちを考えて、許してあげなさい」

「〇〇ちゃんも反省してるんだから、許してあげなさい」

「〇〇ちゃんがかわいそうだから、許してあげなさい」

「悪気はなかったんだから、許してあげなさい」

「お姉ちゃんなんだから、許してあげなさい」

「お兄ちゃんなんだから、許してあげなさい」

「そんなの大したことないんだから、許してあげなさい」

「また買ってあげるから、許してあげなさい」

「あなたも悪かったんだから、許してあげなさい」

 

に被弾しまくる訳です。

 

 

 

”許す”とはどういうものかを知らない大人とばかり接した子供は、”許す”とはどういうものか、学習する機会がない。

 

むしろ、誤学習する機会に恵まれまくりなんですね。

 

 

 

”許す”は自己肯定感クエスト攻略の最重要スキルです。

 

その、自己肯定感クエスト攻略に絶対必要なスキルが、最初ッからない。

 

いや、最初からないだけならまだしも、ゲーム開始以前に”スキルを獲得しない”方向に強烈にモチベートされている状態な訳です。

 

 

 

OH!ムリゲーオブムリゲー!!!!!!!!!!

 

 

”許す”ことへの誤解の連鎖から抜け出そう

 

 

親子関係の問題ではよく、“負の連鎖”ってことが言われますけど、”許す”ことへの誤解も確実に連鎖されている。

 

“許す”ことを誤解したまま、自己否定だけなくすってことはできないんです。

 

 

↓ 「何故か?」についてはしつこいようだが過去記事を読んでくれ!!!!  

suzuki-m.hatenablog.com

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

 

 

だから、“許す”ことがどういうものか知らない大人から、過去のあなたが学んだ“許す”は捨てて欲しい。

 

“許す”ことへの誤解の連鎖から抜け出して欲しい。

 

「これは、“許す”ではなかったんだ」と気付いて、あらためて“許す”というスキルをゲットして欲しい。

 

 

その先にしか自己否定ダンジョンの出口はないから。

 

 

 

 絶望ではなく希望を見てほしい

 

 

今回の話で「自分は親の“許し”観をインストールされていたんだ。それさえも親の影響だったんだ」っていう所に絶望を感じる人もいるかもしれない。

 

 

でも、

  • ”許す”ということは自己肯定感を高めていくカギとなる
  • そして、自分が今”許す”だと思っているものは、“許す”ではない

ってことを知れたのは、めちゃくちゃラッキーなことだと思いますよ。

 

 

「お前、ラッキーだな!!!!!!!!!!!!!!!!」*1ですよ。

 

 

“許す”ことの大切さをここまでクドクドクドクド説明している人って、自分が知る限りいませんし(笑)いたらゴメン。友だちになろ(笑)

 

 

”許す”ことの大切さを説明するのって、火中の栗を拾うような話なんですよ。

正直、積極的に話したい人はいないと思います。

でも、そこを話さなければ、読んでくれる人にとって価値のある情報にはならない。

 

 

だから、私は書くんです。

 

 

あなたが私を信頼して、自分の“許す”観と向き合って、自己否定を減らし、自己肯定感を高めてくれたら、そんな嬉しいことはない。

 

 

あなたにとって”許す”とは、たッくッさッんッの!嫌な記憶がこびりついた概念だと思います。

向き合うことはしんどいと思う。

 

 

しかし、実りのあるしんどさです。

 

 

健闘を祈る。

GOOD LUCK.

 

 

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