自己肯定感攻略ブログ

自己肯定感クエストに挫折した全ての冒険者たちよ、自己肯定感を攻略せよ

“怒る”と“許す”と自分の価値

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はいどうも~~~~~~~~~鈴木です~~~~~~~~~~~~~~~

 

 suzuki-m.hatenablog.com

 

↑ この記事にこんな感想をもらったよ!エヘェ!!!!!!どうもありがとう!!!!!!!

 

「許す」とは多分、「怒るのや~めた!」という感覚なんでしょうね。相手は関係なく。
図解&例えでとても分かり易い内容でした。  

 

許す=「怒るのや~めた!」

はとても本質的な表現だと思ったので、今回はその観点から、"許す"について解説しマッスル。

 

 

 

怒るとは

 

まず、怒るとはどういうことでしょうか?

 

 

↓ この記事の内容の繰り返しになるんで、詳しく知りたい人は読んでくれよな!!!!!!
suzuki-m.hatenablog.com

 

 

怒る=怯えているってことです。

 

相手の言動で自分の価値が揺らいだ。

だから、相手を攻撃し返して*1、揺らいだ自分の価値を取り戻そうとする。

 

それが怒るってことです。

 

 

 

but、皮肉なことに、揺らいだ自分の価値は、相手を攻撃し返すことでは回復しないんですね。

しないんですよ。

 

怒って、相手を攻撃し返して得られるのは、

相手の言動にすぐ動揺する上、相手を攻撃し返さないと価値が揺らぎっぱなしの弱い自分

というイメージなんです。

 

つまり、自分に自信がない人間ほど、怒りやすいし、人を激しく攻撃する。

そしてその結果、更に自信を喪失する訳です。

 

 

 

怒ってたり、人を攻撃してる人ってのは、一見強そうに見えます。

 

が、

 

実際は弱くて自信がないから、そうやって自分を強そうに見せているんです。

 

 

 

強い奴(ここでは自分に自信がある奴って意味ね)ってのは、人の言動でいちいち自分の価値が揺らがないから、そもそも怒らないんです。

 

漫画とかでよく出てきますよね。

糸目でいっつもニコニコ笑ってるキャラが。

仲間が激昂しているのを「まーまー。いいじゃないですか、別に」とか言ってなだめたりする系の。 

 

あれは、そのキャラがケタ外れにつえぇ!!!!!!ってことの演出な訳です。 

 

つえぇ奴は滅多なことでは怒らん訳です。

 

 

では、許すとは

 

 

じゃー許すってのはどういうことでしょうか?

 

許すとは、「怒るのやーめた!」

でしたね。

 

↑ の話(怒る=揺らいだ自分の価値を取り戻そうとしている)を踏まえた上で、怒るのをやめるとはどういうことか考えてみましょう。

 

 

 

さーあなたも実際に考えてみましょう…。

 

 

 

考えた…?

 

 

 

本当に...?

 

 

 

絶対これ読んでるだけで考えてはないよね…?

 

 

 

本当に考えてくれよ…?

 

 

 

考えてから続きを読んでくれよ...?

 

 

 

よ...?

 

 

 

よ...?

 

 

 

ょ...?

 

 

 

…(エコー)

 

 

 

はい。

 

怒る=揺らいだ自分の価値を取り戻そうとしている

なら、

怒るのをやめる=誰かの言動で自分の価値は揺らいでいなかった、と気付く

です。

 

 

つまり、許すとは、誰かの言動で自分の価値は変わらないと気付くこと。

 

 

 

許すとは、揺らいだ自分の価値を諦めることではないんですね。

 

 

 

「そもそも相手の言動で自分の価値は全く揺らいでなかったわ!ダハハ!!!!!!!!!!」

これが"許す"です。

 

 

 

つまり、自信がある(人の言動で自分の価値が揺らがない)から許せるし、許すから自信になるんです。

 

 

 

怒りが終わる時

 

 

でも、特に「許す!」とは決めなかったけど、「そういえば怒りが収まってる」って時もありますよね。

 

そういう時、そのきっかけはなんでしょうか?

 

 

 

そのきっかけは、"相手の弱さを見た"ではないでしょうか。

 

 

「この人も実は誰かからいじめられていたんだ」

とか

「この人はこんな(自分にとっては)どうでもいいような事を気にするのか」

とか…。

 

 

 

相手の弱さを知ると、自分の中で相手の存在が小さくなる。

 

その結果、相対的に、揺らいだ自分の価値が回復するわけです。

 

 

 

↓ それは、こうだったイメージが

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↓ こうなったということです。

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自分が恐れ、怯え、その言動で自分の価値を揺るがしていた人間とは、こんな小さな相手だったのか!

という驚き。

 

とてつもない力を持った恐ろしい怪物かと思っていたら、プルプル震える小人だった!!!!!!

 

あっれェェェェェーーーーーーーーーーーーーー!?!!?!!?!?!!

 

「えっ…こんなちっこい奴の言う事なす事、間に受けて自分には価値がないと思ってたの…?????」

 

自分の価値のV字回復!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

こういう風に、怒りが終わる時というのは、揺らいだ自分の価値の回復が起こっています。

 

 

「そもそも自分の価値は揺らいでなかったから、怯えなくてもいい、威嚇しなくてもいいんだ!!!!!!」

と、安心するから、怒りが終わるのです。

 

 

自分の意志で怒りを終わらせる

 

この、"自分の価値のv字回復"を自分の意志でやるのが、

「怒るのやーーーーーーめた!!!!!!!」=許す

な訳です。

 

 

相手が小さく見えるエピソードに巡り合う幸運を待たずに、今!!!!!!!!!ここで!!!!!!!!!!!!!!!己の意志で!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「相手はとても小さな怯えた人なんだ!!!!!!!!そして、この人の言動で自分の価値は全く揺らいでなんかいない!!!!!!!!!!!!!!」

と気付くこと、それが許すってこと!!!!!!!!!!!!!!!!!!なん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!です!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

だから、自分の意思で「許そう」と思った時は、

  • 相手を小さく見る
  • 相手の言動で自分の価値は何も傷付いていないことに気付く

なんですね。

 

 

 

 

何度も言いますが、

許すってのは、主体的で自立的な行為です。

 

 

 

 

そして、怒っている限り、相手の言動で揺らいだ自分の価値は回復しないのです。

 

 

許して初めて、揺らいだ自分の価値が回復する。

 

 

 

というか、

許すということがすなわち、揺らいだ自分の価値が回復すること

なのです。

 

 

 

おしまい

 

さー。数回にわたって、いろんな切り口で"許す”ということを解説してきました。

 

 

”許す”は、(-→0)面攻略(ジャッジをやめて自己否定を減らす)の上で要になるスキルです。

生きづらさを解消していくのなら、絶対に避けては通れない。

 

 

許すという事には、自己肯定感を得ていく上でものすごい意義がある。

そこはもう間違いがないんです。

 

じゃあ、どんな意義があるのか?ってことを、この四回の記事で語ってきた訳です。

 

 

是非、今回の記事を読んだ上で、前の記事も読み返してみてくれよな!!!!!!

一回目ではサラっと読んでたところに「なるほど!」となったりするよ! 

suzuki-m.hatenablog.com

suzuki-m.hatenablog.com

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

↓ 結構前の記事だけど、これも読み返すと「ホゥ!」となるかもしれんよ! 

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

てなわけで、“許す”について解説するのはこれでいったんおしまいにして、次からはまたほかのことを解説していきMuscle。

 

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*1:相手の言動が実際の所本当に自分に対する攻撃だったかは置いといて

どう考えても相手が間違っている!!!!という時

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はい!どうも!!鈴木です!!!!

 

前回の記事にこんな感想をもらったよ!!どうもありがとう!!!!!

 

「「失礼します」とか会釈に応答しないのは何か理由があったのかもしれないけど、グイグイ押すのはちょっと…攻撃の意図はなくとも普通に失礼…」

 

 

まず、私のことで心を痛めてくれてありがとう。.+:。ヽ(・ω・ゞ)トウッ!

 

そして確かに、私も彼女の行動を「全く失礼なんかじゃない!!」とは思ってない。

そもそも、瞬間的にそれを失礼と感じたからこそ「自分はこの人にとって礼を失する程度の存在なんだ」と怯えた。

 

それなのに、何故最終的に「許す」って判断をしたのかを、今回の記事で詳しく書いていくよ!

 

「どう考えても間違ってる相手を許さねばならない」という訳ではないよ!

 

 

↓ 前回の記事はこちら。読んでない人は読んでくれよな!!!!面白いよ!!!! suzuki-m.hatenablog.com

 

 

自分の反応は自分で選ぶ

 

今回の飛行機の中の話のように、なんか腹が立つようなことが起きた時、相手のことを

 「こんな事をするなんて、失礼な奴だ」

と思う事もできるし、

「こんな風にしかできないなんて、なんか事情があるんだな」

と思う事もできる。

 

これどっちも"正しい"んですね。

 

飛行機の彼女からしたら、私は

「こっちが急いでいるのに、通してくれない上に、それを伝えようとしたら不機嫌に対応するなんて失礼な人だ」

という風に映ってるかもしれない。

 

実際の所は彼女に聞かないと分からないけど、まぁ仮にそう思ってたとしましょうよ。

 

それも"正しい"んですよ。

 

 

 

なにかしらの対立が起こったときに、「どっちが正しいか」っていう問いはさほど意味がない。

さほど意味がないってか、ナンセンスなんですね。*1

 

正しさっていうのは、それ単体で存在できるものではなく、前提があって初めて成立するものだからです。

 

"絶対的な正しさ"っていうのは存在しない

 

だから、"相手の立場"っていう前提があれば、相手の考えが正しいし、"自分の立場"って前提があれば、自分の考えが正しい。

 

 

 

 全部“正しい”し、全部“正解”。

 

 

どれかが正しかったら、ほかの誰かが間違ってるって事ではないんです。

 

 

“正解”は無限にあるんです。

 

その上で、

自分は、どれを選ぶのか?

どれが、自分にとってナイスな選択なのか?

自分で決めるんです。

 

 

 

失礼な奴に腹を立ててる状態ってのは、自分で選択してない。

受け身で“怒らされてる”状態です。

 

よく

「自分で決めなかったことは後悔するが、自分で決めたことは後悔しない」

っていうじゃないですか。

 

 

嫌なことに対する自分の反応を自分で決めないまま感情に振り回されると、落ち着いてから後悔=自己嫌悪が湧いてくるのです。

 

逆に、嫌なことに対する自分の反応を自分で決めたら、自信が湧いてきます。

 

 

自分にとって何が大事か?

 

飛行機の彼女は、まー多分、二度と会うことはない赤の他人です。

 

言うなれば怒りがいのない相手なんですね。

 

今後一切関わることのない彼女に対する怒りを感じながら、旅行の2日間を過ごすのって嫌じゃないですか。

 

私は憧れのラッキー(宇宙戦隊キュウレンジャー)と会うために!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!その煌めきすぎ体験を楽しむために東京行ってんです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

その体験を、嫌な気分に邪魔されたくない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

純度100%で楽しみたいんです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

じゃあ許すしかねぇんですね。

 

 

自分でなにかを決めるときってのは、二択ですよ。

 

そして、そのどちらの選択肢にもメリット・デメリットはある。

 

自分で決めるっていうのは、"自分は、どっちのメリットを取りたいのか?"って話です。

 

「そのメリットのためなら、デメリットは飲む!!!!!!!!!!!」

これが自分で決めるってことですよ。

 

 

今回で言えば、

怒り続ける or 許す

の二択です。

 

 

↓ それぞれ、メリットとデメリットはこんな感じです。

 

怒り続ける

メリット:許さなくていい

デメリット:楽しい時間が怒りに侵食される

 

許す

メリット:その後の時間を楽しく過ごせる

デメリット:腹立ったのに許す

 

 

そして、私は、"許す"を選択した訳です。

 

 

 

 

“自分で決める”ができない時、人は必ず"第三の選択肢"を探します。

デメリットのない、メリットしかない"第三の選択肢"を探す。

 

前向きに、"第三の選択肢"を探してるつもりで、決断から逃げてる訳です。

 

いや別に逃げてもいいんですが(笑)、決断から逃げてる時ってのはしんどいですよ。

ありもしない選択肢を探さず、二択で決めましょう。

 

 

相手に攻撃の意図がある時

 

前回の記事では、相手に“攻撃の意図はない”っていう事を言ったんですけど、飛行機の彼女の場合は、そこに意識をフォーカスすると許しやすいからそこを強調しただけで、相手に攻撃の意図があっても話は同じです。

 


ちょうど昨日、私は電話で捨て台詞を吐かれたんですけど、捨て台詞ってのはあからさまな攻撃ですよね。

 

普通にやり取りしてて、捨て台詞を吐かれる。

 

この場合も

「何故、相手が悪いか?」

「どう、相手が悪いか?」

を考え出せば、その理由は何個でも見つかります。

 

相手の言動がめちゃくちゃなものであればあるほど腹は立つし、自分が“正しい”理由も沢山見つかるでしょう。



でも、やる事は同じです。

 

怒り続ける or 許す

の二択です。

 


相手は、捨て台詞を吐かなければ、傷ついた自分の自尊心をどうすることもできない。

彼は、怯えているし、私を攻撃することでしか、自尊心が傷ついてしまった自分を保てないのです。

 

年齢は私より、彼の方が圧倒的に上です。私の親より年上でしょう。

そして、捨て台詞なんで、威圧的なことを言ってくるわけです。

 

でも、彼の本質は怯えた子供です。

 

うーん…許そう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

その上で

「次回から似たような事があったらこうしよう」

と決めました。

 

 

 

結局、どんな場合でも、

どの選択が自分にとって一番楽か?

を考える。

 

どう考えても“間違っている”相手を許さねばならないってんじゃないんです。

 

「こいつだっきゃ絶対に許したくない!!!!!!!!!だから俺は“許さん”を選択する!!!!!!!そして、そのデメリットである”嫌な感情を引きずる”を飲む!!!!!!!!!!!!!」

って選択したんなら、それもアリですよ。

 

選択したかどうかが大事です。

 

 

どの選択も“正解”で、どの選択にもメリットがある。

 

どのメリットにするか、自分で自由に選んでいいんですよ!!!!!!!ヨッシャラッキー!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

かく言う私も

 

私も別に、腹立つ出来事が起こった瞬間、即座に、間髪を入れず、残像が残るレベルで

「あっ許そ!」

って思ってる訳じゃないですよ。

 

十分動揺してます。

 

 

 

↑ の捨て台詞の件なんかは、身体がめちゃめちゃ疲れてる時のことだったんで、割と効きましたね(笑)

相手の思惑通り(笑)、いやーーーーーーーーーーーーな気持ちになりましたよ。そりゃ。

 

「悪いのは私じゃないのに、なんでこんなこと言われなきゃいけないんだ。私に言うなよ」

ってなりました。

怯えてんですね。

 

そっから、

怒り続ける or 許す

の二択です。

 

 

 

逆説的なようですが、許すっていうのは、相手が悪いと確信しているから許せるんです。

 

捨て台詞ってのは、どんな時でも肯定されるもんではないですよ。

捨て台詞を吐いてしまう心情は理解しますけどね。

 

「ここに関しては、100%相手が悪い」

だから、許せるんです。

 

 

「私にも悪いところがあったから…」

なんて思いながら許すことなんてできませんよ。

 

 

自分にも改善点があると思うなら、今後どうした方がいいのか考えるのは、相手の言動を許した後です。

 

一個一個やっていきましょう。

 

 

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*1:何故「どっちが正しいか」にこだわってしまうかというと、思考が必死に感情を正当化しようとしてるから。→ 図解!自分と向き合うとは? - 自己肯定感攻略ブログ

実例!!!こういう時は怯えている!!!!

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どーーもーーーー。鈴木@東京ドームシティですーーーーーー。

 

キュウレンジャーショーを見るため単身東京に乗り込んだ訳ですが、前回の話を説明するのにちょうどいい事が起こったんで紹介します!!!!

 

 ↓ 前回の話を読んでない人は、先に読んでくれよな!!!

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

飛行機の中の出来事

 

今回、飛行機で東京来たんですけどね。

 

私は真ん中の席だったんですけど、座席が狭いんで、席に座る時に窓側の席の人に「失礼しまーす!」って言ったんですよ。

 

無視。

 

おいおいシャイかよーーーーーー!!!!!!!!!!(笑)(笑)(笑)

 

まぁ、

 

相手に私の声が聞こえなかったり、私に相手の声が聞こえなかったのかもしれないし、

 

会釈したけど、1mmくらいしか頭動かさなかったから見えなかったのかもしれないし、

 

そもそも、飛行機の座席に座る時に声を掛けるのがちょっとイレギュラーかもしれないから、ビックリして返事するタイミングを逸したのかもしれないし、

 

なにかしらの理由で、人とコミュニケーションすることのハードルがめちゃ高い人なのかもしれないし、

 

なんかしら理由なり事情がある訳です。

 

「失礼します」を伝えるって目的は果たしたから、それだけなら別によかったんですが。

 

空港に着いて、

「さあ、降りようか!でも通路めちゃ混んでてまだ動けないなー」って時に、その窓側の席の人が

 

グイ…

 

グイ…

 

って押してくるんですよ…。

 

かすかな…

 

分かるか分からないかギリギリの感じで…

 

無言で…

 

最初は気のせいかと思ってたんですけど、ずっと

 

グイ…

 

グイ…

 

ってくる(笑)

 

 

あっこりゃ気のせいじゃねーな、ってことで

 

「お先に降りられますか?」

 

って聞いたら、彼女は無言で私と前の座席の間をすり抜けて通路に出て…そして、人波に紛れて見えなくなりました…(余韻)…。

 

お前はすでに怯えている

 

いッやァァァーーーーーーー!!!!!いやいやいや…

本ッッッ当迷惑ですよね!!!!!こういう常識ない人って!!!!!!!

 

 

じゃなくて(笑)↑これジャッジね。

 

 

私が彼女に対して怯えてたなー!って話です。

 

「お先に降りられますか?°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖° 」

 

じゃなく、

 

「お先に降りられますか? (-公-メ)」

 

だったんですよね〜(笑)

 

不機嫌さが声に出てる感じ(笑)

 

前回の記事で言った“怯えてる”っていうのはこういう事です。

 

不機嫌になってる時点で、

「お前はすでに怯えている」

なんです。

 

うわっ!!!!うわああ…!!!!うわらば!!!!!!!!

 

私は、自分の存在を軽く扱っているかのように振る舞う(終始無言)彼女に怯えました。

 

怯えてなけりゃ

「なんか、急いでるけど「ちょっとすいません、急いでいるので先に降ろしてもらえませんか?」って一言が言えないんだなー」

と思う余裕があるから、優しく

「お先にどうぞ(イケメンスマイル)」

って言える訳です。

 

 

そして、これ客観的に見たらよく分かると思うんですけど、彼女、攻撃する意図は全くないんですよね。

自分の振る舞いが相手にどう映るか想像することができないだけで、積極的に攻撃する意図は全くない。

 

けど、私からしたら“攻撃”な訳です。

 

私は彼女の行動を“攻撃”と捉えて、怯えて、

「当方に迎撃の用意あり!!!!!!!!!!!」

と、彼女に不機嫌な声色で対応したわけです。

 

ハァーーーーーーーーッハッハァ!!!!!!!!!!!!!!!

 

うわらば!!!!!!!!!!!

 

「怯えたな」と気付く

 

以前の私なら、この話を「東京行った時、こんなヤバい奴がいてさー!」と色々な人に話したでしょう。

 

そして、“非常識”という話題になるたび、この話をしたでしょう。

「そうそう!非常識といえばさー!東京行った時…」

と。

 

袖すり合うレベルの他人に抱いたプチ怒りに振り回され続けてた訳ですね。

 

そういう、小さなプチ怒りも積もり積もれば、かなりの時間を振り回されることになる。

終始他人にイラついて、話す内容は他人の批判ばっかになる。

いや、なってもいいし、そういう人がダメってんじゃないですが、楽しくはないです。

 

 

今回、私は他人の行動に怯えて、不機嫌な声音という“攻撃”で返しました。

 

でも、怯えた自分に気づき、怯えて攻撃した自分を許し、相手の行動を許したら、その話はそこでおしまいです。

 

自己嫌悪もしない(=怯えて攻撃した自分を許す)し、ジャッジもしない(=相手の行動を許す)ということです。

 

怯えても、その後自分で「怯えたな」と気付くと気付かないのとでは全然違う。

 

正直、怯えを0にするのは無理だと思います。

体がしんどかったり、精神的に余裕がない時はどうしても怯えがちになる。

人間、常時イケメン対応はできんのです。

 

でも、怯えた事に気付くことは常にできる。

 

そうすれば、他人から影響を受けて、自分の感情を動かし続けずにすみます。

 

↓ 怯えると、怯えを正当化する方向に思考がフル回転(「こいつは絶対悪意があるに違いない、なぜなら…(エンドレス)」)するよ!!詳しくはこの記事を読んでくれよな!!!! suzuki-m.hatenablog.com

 

 

 

リアルタイムで「怯えそう」と気づく

 

東京は人が多いので、瞬間的に

「ハァ??????」

と思うようなことを他人からされる率が高かった。

 

でも、飛行機でのことを「さっきのは怯えだったなー」と気付いていたので、「ハァ???????」となっても「あ、これも怯えだなー」とリアルタイムで気付けて、二日間とても楽しい時間を過ごせました!!!!!!!!!!!!!!!

ヨッシャラッキー!!!!!!!!!!!!!!!!!(言いたい)

 

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図解!腹が立つとは?腹が立ったらどうするか

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まいどー鈴木でーす。

 

日常生活を送る上で「腹立つなー」「こいつはメチャゆるさんよなぁぁぁ」って感じること、あるよねあるよねーーー!!

 

そういう時、腹が立った相手のことを「ああいう奴は人としてダメ!!終わっとる!!!!!」と思ったら、ジャッジを強めちゃうよね!!!!!!

 

今回は、

腹の立つ出来事をジャッジなしでどう終わらせるか?

そもそもジャッジをやめるとはどういうことか?

について解説するよ!

 

そもそもジャッジを止めるとは

 

ジャッジをやめろジャッジをやめろと言ってますが、そもそもジャッジをやめるってどういうことなんでしょうか?

 

ジャッジをやめるプロセスを並べてみると

 

  1. ジャッジに気付く(ジャッジのことを知り、ジャッジしている相手は関係ないと知る)
  2. ジャッジしている自分と向き合う(何故そのジャッジが自分の中にできたのか?何故今そのジャッジを自分はしなければならないのか?)
  3. ジャッジに反論してみる(◯◯はダメって思ってるけど、こういういい面もあるじゃん。◯◯のよさを自分が理解できないだけ。この人が◯◯をするのは何か事情があるんだ。)
  4. 今まで「ダメ」と思っていた人が気にならなくなる

 

というふうになる訳ですが、これ、一言で言えば“許す”ってことなんですよね〜。

 

 

毎度おなじみ、価値観を表した図です。

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青が許せる範囲・OKゾーン、赤が許せない範囲・NGゾーンな訳です。

 

 

↓ 詳しくはこの辺を読んでくれよな!!!! 

suzuki-m.hatenablog.com

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

人は“自分にとって許せない事”(赤のNGゾーンに入ってる事)をしてる人に出会うと「こんな事をするのはダメ!!!こいつはダメな奴!!!」とジャッジします。

 

そのジャッジ(許せない)に気付いて、ジャッジをやめる(許す)と、青い範囲(許せる範囲)が広がります。

 

そうやって、コツコツコツコツ青い範囲を広げていくと、広げた分だけ、自分自身が自己否定や、“ねばならない”から自由になっていくよ!ということです。

 

↓ コツコツ広げるのは嫌だ!という方には一撃で青い範囲を広げるチートもおススメだよ!! 

suzuki-m.hatenablog.com

 

  

許すとはどういうことか?

 

“ジャッジをやめる=許す”な訳ですが、

「“許す”ということが、ものすごく誤解されてるなー」

と感じることが多いので、ここで一つ、“許す”についても解説しときます。

 

 

よくある誤解としては、

「悪いのは相手なのにどうして許してやらなければいけないんだ!!!!」

ってやつですね。

 

許すことは、相手のためにすることであり、相手に利する行為であり、負けであり、屈辱であり…

って誤解。

 

 

誰かを許すとき、誰のために許すのかって言ったら、徹!!頭!!徹!!尾!!自分のためですよ。

 

 

許すのは自分のためです。

 

 

どういうことか。

 

誰かのしたことで腹が立った、頭にきたとします。

 

思考が怒りの感情に飲まれて、振り回される。

楽しいことや嬉しいこと全部投げ捨てて、怒る。

でも、そのうち怒りの感情も静まってくる。

いわゆる日にち薬やね。

でも、何かのきっかけでその事を思い出したらまた怒りの感情が再燃する。

また日にち薬で静まってくる…

でも、何かのきっかけでまたその事を思い出す…

日にち薬で…

でも…

日にち…

で…

日…

 

死火山と化すまでどんだけかかるんだ、という話です。

 

合間合間は忘れてたり、「まぁいいか」と思えている時もありますが、きっかけがあれば生々しい怒りの感情が爆発します。

 

 

怒りの感情に飲まれると、思考が怒りの感情を正当化するためにフル回転するので、怒りが再燃するたびに「自分が怒る正当な理由」がどんどん蓄積されていきます。

 

↓ 詳しくはこの記事を読んでくれよな!! 

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

こうなると、腹が立った相手が自分の望む対応(ジャンピング土下座)を取らない限り、怒りの感情に振り回され続ける訳です。

 

 

 

この、ネバーエンディング感情振り回されを自分の意思で終わらせる。

 

それが許すという事です。

 

 

  1. 圧倒的早さで死火山化
  2. 人に「この人がこうしてくれさえすれば」と期待する事なく、事を自分一人で終わらせられる

 

これが、許すことの圧倒的メリットです。

 

 

 

許すってのは、ものすごく自立的で能動的な行為な訳です。

 

 

相手を許してない、という時、状況を変えられるかは相手次第です。(相手が謝るか否かが問題)

 

キーマンは相手です。

 

「よし、許そう」と決めることは、相手から自分にキーマンポジションを取り返すということです。

 

 

図解!腹が立つ!!

 

“許す”についての解説が終わったところで、次は“腹が立つ”ってどういう状態かについて解説します。

 

イメージとしてはこうです。

 

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相手の存在がめちゃデカい。

 

相手の存在がデカすぎて、アラートがかかっている状態=腹が立つです。

 

「デカい相手から自分を守らねば!!」と頑張ってる。

 

つまり、相手に怯えているんですね。

 

もちろん口では(頭でも)

「あんなしょうもない奴に怯えるか!!!」

とか

「怯えているわけではない!!!あいつが悪いから怒っているだけだ!!!!何故あいつが悪いかと言うとこうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこう…(エンドレス)」

とか言う。

 

でも、本質的な部分では、怯えている。

 

全力で自分を守ろうとして、“攻撃は最大の防御なりモード”になっている。

 

それが「腹立つ!!!!!!!」です。

 

人と人が争っている時というのは

 

お互いがお互いに腹を立てて争っている時ってのはこうです。

 

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オラオラオラオラオラオラオラオラ…

無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄…

 

ってやりあってますけど、これは

お互いがお互いに、相手をデカくみて、相手に怯えている

って状況な訳です。

 

お互い、イメージの中では、相手が大人で加害者、自分は子供で被害者です。

 

子供ってのは、弱いが故に最強の存在ですからね。

子供は、自らを省みることなく大人に一方的に配慮を要求しても許される存在です。

(本質的にはね。現実には、そういうのが許されない状況の子供もいます。)

 

争いってのは、この子供ポジション(被害者ポジション)を取り合って

「お前が大人になれ!!!(お前が俺に対して悪いことをしたことを認めろ)」

「いいや、お前が大人になれ!!!(俺は悪くない!!お前の方こそ俺に対して悪いことをしたと認めろ)」

とやりあっている訳です。

 

「ここはあなたが大人になって…」

って言葉がありますが、これはそういう事を言ってるんです。

 

どっちか一方が大人なら、争いは起こらないのです。

認めたくないけどねぇ(笑)

 

 

“大人になる”とはどういうことか?

 

じゃあ、“大人になる”とはどういうことでしょうか?

 

こうです。

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相手が攻撃してくるのは相手が怯えているからだ、相手にとって自分はとてもデカい存在に映っているんだ、と気付いている事です。

 

そんな怯えた相手の攻撃に、いちいちやり返さない。

 

そんな怯えた相手の攻撃で、いちいち自分の価値を疑わない(怯えない)。

 

それが大人です。

 

 

もし、誰かが理不尽で、非常識で、無茶苦茶な攻撃をあなたにしてきたとします。

 

もちろん、あなたはそんなことをされるような事はしていないのが前提ね。

 

この場合、あなたが大人で、相手が子供なんです。

 

年齢や見た感じは関係ないですよ。

 

どれだけ年を取っていても、

どれだけ自信満々で立派に見えても、

どれだけ論理的で理路整然としたことを言っていても、

攻撃してるってことは怯えてます。

 

相手はあなたがものすごくデカい存在で、自分は攻撃してやっと互角だ、と感じているんです。

自覚ないけど。

 

ここで、相手の攻撃に怯えて攻撃をし返したら、もう子供と子供の戦いです。

 

 

攻撃されたら、誰でも怖い。

攻撃してきた相手を大きく感じそうになってしまう。

でも、そこで怒りに飲まれて攻撃し返さない。

内心でジャッジもしない。

 

相手は怯えて
「うわぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!」
となりふり構わず、手をグルグル振り回している子供です。

自覚ないけど。

 

その手があなたに当たってるだけです。

 

あなたが悪いから、あなたが間違っているから、相手はあなたを攻撃している訳ではない。

 

相手が怯えているから攻撃しているんです。

 

「怯えてんだな」

と無視することが許すということであり、それができるのが大人です。

 

争いの土俵に上がらない奴が1番強いんです。

 

 

強いから、相手を許せる。

自分に自信があるから、相手を許せる。

 

これ逆に言うと、攻撃してきた相手を、攻撃し返さずに許したら、ものすごい自信湧くってことです。

 

セルフイメージ一気にガン!と上がります。

 

腹の立つ出来事をジャッジなしで終わらせる方法

 

腹の立つ出来事をジャッジなしで終わらせる方法。

 

それは許すって事ですね。

 

腹が立つというのがもう既に、

怯え+自分の価値観

な訳です。

 

腹が立つ出来事ってのは、

怯えて、怒りの感情に飲み込まれて、相手をジャッジして、自分の価値観を強化するか、

怯えそうな自分に気づき、向き合い、相手を許して、自分の価値観の青:赤比を塗り替えて、自分を自由にするか、

の分かれ道ですよ。

 

まぁ、怯えて、怒りの感情に飲み込まれて、相手をジャッジして、自分の価値観を強化してもいいんですけどね。全然。

 

いきなり上手くやれたら苦労せんわけで。

 

怯えて、怒りの感情に飲み込まれて、相手をジャッジして、自分の価値観を強化した自分を責めずに、それをした自分の弱さを許しましょう。

 

実害被ってる場合は

 

勘違いして欲しくないのは、今回の話は「あなたが何か実害を被っていても、相手を許して話を終わらせましょう」という話ではない、ってことです。

 

“許す”とは、“我慢する”ってことではないんでね。

 

誰かから実害を被っているのなら

「それ嫌だからやめて」

と言う。

 

それでも相手がやめないなら、距離置くし、距離がおけない関係なら、相手がそれをやめるまで行動して下さい。

 

“察してやめてもらう”のではなく、“なにがなんでもやめさせる”です。

 

距離を置くなり、やめさせるなりして、実害を被らなくなった状態で、相手を許して下さい。

 

別に許したから、仲良くしないといけないとかもないですよ。

許すってのは自分の内心の話なんで。

許して、仲良くしたいならするし、仲良くしたくないならしない。

それだけの話です。

 

まとめ

 

今回はちょっと詰め込みすぎたからまとめます。

 

  • 自己否定を減らすためにはジャッジを減らしていく
  • ジャッジをやめる=許すということ
  • 許すとは、主体的で能動的な行為
  • 腹が立ってる状態=相手を大きく見て怯えている状態
  • 争いは怯えたもの同士が、お互い「俺が子供ポジション取るから、お前が大人になれ!」とやりあっている状態
  • 大人とは、自分を攻撃してくる相手の弱さを許せる人のことを言う
  • 腹の立つ出来事をジャッジなしで終わらせる方法=相手を許す
  • 実害被ってる場合はやめさせた上で許す

 

…ってことですね〜〜〜。

このまとめを読んだ上でもっかい読み返してみるといいかもよ!!!

 

 

腹が立つ出来事が起きた時は、

 

まず怯えている自分に気付こうとしてみる。

 

そんで、相手の実像(怯えた子供)を見ようとしてみる。

 

最初は小さなことからトライトライ!!!!!!

ブスッとした態度で働いている店員とかを許してみよー!!!!!

 

だんだん許す(ジャッジをやめる)のが上手くなってくるよ!!!!!

 

グッドラック!!!!!!

 

 

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別に自己肯定感を“理解”しなくていい

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どうも鈴木です。

 

なんか抽象的で分かりにくい話が続いたんで、今回は

自己肯定感を高めていく上で、“理解”は特に必要ではない

という話をします。

 

散々解説しといて何言ってんだと思うかもしれませんが、実はそうなんですよ(笑)

 

頭がいい冒険者ほどはまりがちな、“「理解しなければいけない」の罠”についての話です。

 

自己肯定感の“理解”は必ずしも必要ではない

 

前回の記事で「人はみんな存在してるだけで価値がある」という考え方について説明しました。

あれを読んだ感想としては「書いていることは分かるけど、腑には落ちない」ってのが正直な所だと思います。

 

じゃあ、あそこに書いてあることを完全に理解して、腑に落としきらないと自己肯定感は高められないのか?って言ったら、んなこたーないんですね。

 

なんとなく「そういうもんなんだな」くらいに思ってもらえたらいいんです。

 

自己肯定感が高いこと

と、

自己肯定感を理解していること

は、全く別の事です。

 

自己肯定感を完全に理解した自己肯定感ハカセがいたとして、その人が自己肯定感高いかどうかは分からないって事です。

 

天然モノの自己肯定感高い人とかは、自己肯定感の構造なんて理解してない人も多いと思いますよ。(人をマグロみたいに言う)

  

“楽しい感じ”を言葉で説明してみると

 

自己肯定感って、感とつくからには感覚な訳です。

構造の複雑さはあるにせよ、“嬉しい”とか“楽しい”とか“悲しい”とかと同じ、感覚なんですよ。

 

で。

 

“楽しい”という感覚を知らない綾波レイみたいな人に、“楽しい”とはどういう感覚で、どうすれば感じられるのかを説明するとします。

 

「楽しいっていうのは、自分が好意を感じる対象に接した時に起きる、気持ちが沸き立つような感覚のことで…

どうすれば起こせるかというと、まず自分が何を好きかを考えて、それに接したり実践してみたりするんだ…」

とかなんとか。

 

綾波レイは無表情で

「ありがとう。楽しいってどういうことかわかったわ」

と言うでしょう。

 

やった!!!!!!!!!!綾波に“楽しい”を理解してもらえた!!!!!!!!!!!!!フォーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

綾波は“楽しい”を感じてはいませんけどね。

 

ってことなんですよ。

 

目的はなんなのか?

 

“自己肯定感がどういうものか知る”が目的なら、自己肯定感を理解すれば目的は達成です。

 

でも、目的は“自己肯定感を高める”ですよね?

 

 もちろん、自己肯定感を高めていく過程で、自己肯定感への理解を深めた方が効率がいい人もいる。

 

私なんかは何かをやる上で「何故?」って部分がものすごく気になるタイプだし、そこについて考えるのがめちゃめちゃ好きだから、色々解説してるんですけど(笑)、このブログ、今のところ「ジャッジやめろ」しか言ってないんですよ。

 

「何故ジャッジをやめた方がいいのか」を延々と解説している。

 

自己肯定感が高くなれば理解はできる

 

頭のいい冒険者ほど「自己肯定感を理解するから、自己肯定感が高まる」って考える罠にハマってしまうんですけど、逆です。

 

私が解説してるようなことは、自己肯定感が高まれば自ずと理解できるんです。

 


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↑ これ、ちょっと前にネットで流行ってた画像です。

 板チョコみたいな四角がならんでますね。

 この画像の中に丸が16個あります。

 

自己肯定感についての話って、これに似てるんですよ。

 

この画像の中に丸が16個ある

と聞いて

「えっ!?この中に丸が16個!?直線でしか構成されてない画像じゃないか!!!(((΄◞ิ۝◟ิ‵))))」

ってなる。

 

でも、視点が切り替わったら

「なるほど、確かに丸が16個ある(´◉◞౪◟◉)」となる。

 

‪自己肯定感を高めていくと、ある時点で視点が切り替わります。

 

切り替わったら

「なーんだ、わかった(´◉◞౪◟◉)」

となります。

 

四角しか見えない状態で、丸が見える感覚のことをいくら言葉で説明されても、それを100%は理解できない。

けど、実際に自分で丸が見えた瞬間100%理解するのです。*1

 

 

問題はどれだけ価値観を変えたか

 

自己肯定感を高めていくには、

どれだけ理解したか

ではなく

どれだけ価値観を変えたか*2

です。

 

ジャッジを止めるって事です。

 

「自己肯定感?なにそれうまいの?」って状態でもジャッジを減らしていったら、自己肯定感は高まっていくんです。

 

 

自己肯定感を高めていくためには、

 

ジャッジを減らすから価値観が変わる。

価値観が変わるから行動が変わる。

行動が変わるからセルフイメージが変わる。

セルフイメージが変わるから世界が変わる。

 

っていう好循環を巻き起こしていく。

 

理解は、その補助です。

 

全体が分かっているから部分が分かる、というのは確実にありますからね。

よくわからないままやるのと納得してやるのとじゃ、結果は違ってくるでしょう。

でも、補助は補助です。

 

 

お若い冒険者がた、補助と目的を取り違える罠にハマっちゃいけねぇぜ。

俺は十数年ハマってた。(なげーよ)

 

おしまい

 

ええもう本当ね、自己肯定感クエスト罠だらけなんでね。

てか罠しかないんでね。

私なんかは片っ端からハマり散らしてるんでね、どうぞその屍を踏み越えて、超速で自己肯定感クエストクリアしてくださいね。

そして、最高に笑いながら毎日生きて下さいね。

 

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*1:人によって、理解の形は千差万別でしょうけどね。別に唯一絶対の“正解”があるって訳じゃないですよ

*2:+その上で行動を変えたか

人はみんな存在してるだけで価値がある

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どうもこんにちは。SUZUKIです。

愛車はDAIHATSUのSUZUKIです。

 

suzuki-m.hatenablog.com

 

↑ 前回の記事で、大前提として

“人はみんな存在してるだけで価値がある”

という考え方を出したんですけど、そこがそもそも「なんのこっちゃ」って人もいますよね。

ごめんね!!!そこの説明すっ飛ばしてたね!!!!

 

“人はみんな存在しているだけで価値がある”って考え方は、自己肯定感の基盤とも言えるくらい大事な所なんで、この記事で解説します。

 

これを読めば、何故“自己肯定度=他者肯定度”なのか?、何故ジャッジを止めていくことが大事なのか?が分かる!!!

 

そもそも価値はなぜ価値なのか?

 

そもそも、価値というのは、あなたが感じるから価値なんです。

 

あなたが「これは価値がある」と感じるからそれは価値になる。

 

あなたがこれまでの人生で作り上げてきた価値観に沿って、「これは価値がある」と感じるから、価値は価値になるのです。

 

つまり、人が感じる価値なんて、その人の個人的なこだわりというか、主観的なものでしかない訳です。

それがいいとか悪いとかじゃなくて、そーゆーもんなんです。

 

なので、誰の主観も通さないで見た世界とは、こういう世界です。

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横並び〜〜〜。

あの偉い発明家も凶悪な犯罪者も、みんな横並び〜〜〜。

 

どっちが上とか下とか、どっちが偉いとか偉くないとか、誰の価値観も通さずに見た客観的な世界にそんな上下関係はねぇんです。

 

ただただ、みんな存在してるだけです。

 

主観的な世界

 

客観的な世界は横並びの世界です。

 

でも、“自分の価値観”というフィルタを通して見た世界はこうです。

 

ハイッ!

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縦並び〜〜〜。

 

真ん中にいるのが“自分”です。

 

左上の四角は、“自分の価値観”です。

価値観の四角の中の、

青い部分はOKゾーン

赤い部分はNGゾーン

でしたね。

 

↓ 詳しくはこの辺を読んでくれよな!

suzuki-m.hatenablog.com

suzuki-m.hatenablog.com

 

 

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“自分”は、“自分の価値観”に沿って、人をジャッジします。

「この人はいい」「この人はダメ」「この人はとてもダメ」「この人は神」…

 

その結果、自分の頭の中には縦並びの世界が現れるのです。

 

縦並びの世界における価値

 

縦並びの世界は、究極、トップ以外価値はない世界です。

 

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こいつしか価値ない。

 

“お金がない”が赤のNGゾーンにある価値観を持った人が見る世界とは、ビルゲイツ以外価値のない世界です。*1

 

ビルゲイツとホームレスなら、ダントツビルゲイツの方に価値がある世界です。

 

縦並びの世界は、1番を目指し続ける世界です。

 

努力努力努力で順位を上げるけど、順位を上げてもまだまだ上がいるから、更に努力努力努力です。

 

努力努力努力で順位を上げるレースを並行して何個もしなきゃいかん世界です。

 

比べようと思えばなんでも人と比べられますからね。

地位、収入、技術力、能力、容姿、状況(既婚/未婚、子持ち/子無しとか)学歴、友達の数、知識の多さ…

 

 

この世界で自分に価値を見出すためには、努力!!、!!!!!!ある!!!!!!!!!!のみ!!!!!!!!!!!

 

ジャッジを止めて価値観を塗り替えてくと…

 

さぁ、そんな北斗の拳的世界に住んでいた“自分”さん、“ジャッジに気付いて止める”を一つ一つ繰り返した結果、価値観が変わりました。

 

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こうなりました。

 

まぁ、こんな状態は人間である以上有り得ないとは思いますが、分かりやすく極端にしときました。

  

その人がいる環境は全く変わってません。

 

その人の価値観次第で、見える世界がこれだけ変わるってことです。

 

自分が変われば世界が変わるんです。

 

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この横並びの世界は、“みんな違ってみんないい”の世界です。

 

人と比べられる要素(オプション)で人に優劣がつかない世界です。

その人がその人であるということ(本質)という差異が存在するだけです。

 

横並びの世界の価値は自分が決めろ

 

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横並びの世界では、全員価値があるとも言えるし、全員価値がないとも言えます。

 

あるっちゃあるし、ないっちゃない。

 

ジャッジを減らす=価値観の青の範囲を広げていくことは、価値観から自由になっていくという事です。


価値観から自由になった世界には、上も下も、いいも悪いも、正解も不正解もありません。


全てが「それもナイス」の世界です。

 

だから、自分が決めるんです。

「人はみんな存在してるだけで価値がある!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

と。

 

「俺もお前らも、生きとし生けるものは全て存在しているだけで価値がある!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

と決める。

 

「生きとし生けるものは全て存在しているだけで価値はない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

でもいいんですよ。

 

横並びの世界では同じ事ですからね。

 

ただただ、みんな存在しているだけです。

 

追記

 

別にこれ、価値を感じることがいけないことだって言ってる訳ではないですよ。

 

価値は価値で感じたらいいんです。

 

「自分はこれめっちゃ好き!!!!!!!!!」

となにかに価値を感じるのは素敵なことです。

 

ただ、それを絶対的な基準にして自分や人を捌いちゃうと、縦並びの世界になっちゃうよ、という事です。

 

あなたが価値を感じるものに価値を感じない人もいるし、

あなたが価値を感じないものに価値を感じる人もいるんです。

 

全ての人は存在してるだけで価値がある。

その上で、自分はこの人が好きだ(個人的に価値を感じる)。

って事です。

 

おしまい

 

最後の方は何を言ってるのかわからねーと思うが(すまん、これ以上上手く説明できん)、

結論:ジャッジを止めろ

と考えときゃ大体合ってる。

 

 

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*1:世界一の金持ちがビルゲイツかどうかは知らんけど。

謙虚とは自己否定することではない

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こんちはーーーーーーッッッ!!!!!鈴木萌子ですーーーーーーッッッ!!!

 

自己肯定感クエスト進めてますか?

 

進めてるけど「自己肯定感が高くなったら謙虚じゃなくなってしまうのでは…?」「自己肯定感が高くなったら、自分勝手に振舞うようになってみんなから嫌われてしまうのでは…?」って不安に苛まれる夜もあるかもしれませんね。

 

あるあるあるあるですね。

 

この記事では、謙虚とはどういうものなのか?自己肯定感が高まると自分勝手な奴になってしまうのか?についてお話ししときましょう。

 

 

謙虚になろうとして自己否定してしまう罠

 

「自己肯定感が高まると謙虚じゃなくなってしまうのでは…?」

って不安がある人の謙虚とは、自己否定です。

 

自己否定までいかなくとも、

「自分の能力を認めないことや、過小評価することが謙虚ということだ」

と思っているんじゃないですか?

 

過去の私なんですがね(笑)

 

過去の私は、

“自分のある能力と人のそれを比べて、自分の方が高い”

ということを認めることができませんでした。

 

たとえそれが客観的事実であったとしても、

「“自分と人を比べて、自分が上”ということを認めることは、傲慢で不遜なことだ!!!!!」

と思っていた訳です。

そして、自分の能力を否定したり過小評価したりしていたのです。

 

人とうまくやっていきたくて自己否定する…。

 

罠です!!!!!!!

 

自己肯定感クエストの罠です!!!!!!!!

 

じゃあ実際の所、自己肯定感を高めて自分の能力を認めたら、謙虚さが消えてわがままな人間になってしまうのでしょうか?

 

自己肯定感が高まるとわがままになって嫌われる?

 

“自己肯定感”という単語をググってみると

「自己肯定感  高い デメリット」

「自己肯定感  高い  うざい」

とかって組み合わせがサジェストされます。

 

「 自己肯定感が大事大事言うけど、自己肯定感が高いってあいつみたいなことだろ?」の“あいつ”セレクトを完全に間違えた結果、「自己肯定感が高まるとあいつみたいになってしまう!!!!」という不安に襲われ、こういうワードで検索していると推察します。

 

「そもそも自分という存在はとても身勝手でわがままな欲望を抱えていて、それを常に否定していなければその欲望が暴走してしまって(“あいつ”みたいに!!!)、周りの人間から嫌われてしまう」

という自分観ですね。

 

「ありのままの自分は人から嫌われる」という訳です。

 

ありのーーーーーーままのーーーーーーー姿見せた瞬間に迫害されるのーーーーよーーーーーー♪

という訳です。*1

 

自己否定で自分を縛り付けていないと不安な訳です。

 

 

これ、逆なんですよ。

 

ありのままの自分がしたい事を「そんなことは別にしなくてもいいことだ」「自分がしたいって理由だけでしてはいけない」って否定するから、人に頭下げれないし、感謝もできないんです。

 

人に頭下げたり感謝せずに自分のしたい事する=わがまま

ってことです。

 

だってそうですよね。

自分がしたい事しようとした時に、「そんなことは別にしなくてもいいことだ」「自分がしたいって理由だけでしてはいけない」とかって自分で自分を責めまくってたら、もう人に頭下げて「これやりたいから協力して」ってお願いする気力残ってませんよ。

 

そもそも“自分のしたい事する=罪”って意識だから、堂々と人にお願いして自分のしたい事やるなんてできないですよね。

 

人の目を盗んで、

はっきり言葉にしてお願いしないまま、

なんとなく、

言い訳しながら、

楽しい気持ちをセーブしながら

やるしかない。

 

そんな姿勢でしたい事しても、全然楽しくない。

 

楽しくないから、自分がしたい事するために世話になった人にお礼も言えない。

 

まして、誰かから「あなたがしたい事をした結果、困ったから、次からはこうして欲しい」なんか言われたら…?

 

 

逆なんですよ。

 

意味がなかろうが、

金と時間の無駄だろうが、

人から「えーそんなことして楽しい?」と言われようが、

自分がしたい事を自分で否定せず「やりたいからやる!!!!!!!!」とやれるから、やりたいことに責任持てるんです。

 

やりたいことに責任持つってのは、

(必要なら)人に頭下げて頼むし、

120%楽しむし、

世話になった人に「ありがとう!!!!おかげでめっっっっちゃ楽しかった!!!」とお礼も言うし、

誰かから「迷惑だった」と言われたら謝る

ってことです。

 

全部、自分がやりたいし、楽しいからできるんです。

 

やりたくないし、楽しくないことに責任なんて持てないんですよ。

 

だから、「自己肯定感が高くなったらあいつみたいになってしまう!」の“あいつ”は、多分自己肯定感高くないし、周りに迷惑かけまくってやってる“ソレ”を全然楽しめてないですよ。

 

自己肯定感が高くなって、やりたいことをするようになったらわがままになる

のではなく、

自己肯定感が低くて、やりたいことを思いっきりしていないからわがままになる

んです。

 

謙虚とは自分の能力を否定することではない

 

じゃあ謙虚に関してはどうでしょうか?

 

自己肯定感が高くなって、自分のことを認めるようになったら謙虚ではなくなってしまうのでしょうか?

 

そもそも、謙虚であるとはどういうことなんでしょうか?

 

「すごいですね」

って言われて

「そんなことないです」

って相手の好意を受け取り拒否するのが謙虚ではないんです。

 

自分の能力を

「こんなものはできるうちに入らない」

「上には上がいるから大したことない」

と否定したり過小評価することが謙虚ではないんですよ。

 

自分の能力を認めつつも謙虚な姿勢とは

 

自分の能力を認めつつ謙虚な姿勢ってのは、

「自分はあれやこれが人より得意だけど、自分一人でできることなんかたかが知れてるから、どうか自分に協力してください」

って姿勢です。

 

能力(とか肩書きとか容姿とか、人と比べられる要素)ってのはオプションなんです。

 

それができないから、その人の価値が下がる訳でないのと同様、

それができるからって、その人の価値が上がる訳ではないんです。

 

全ての人は存在してるだけで、価値があるんです。

 

その価値に比べたら、何かが人よりできたりできなかったりの価値なんていうのは、誤差の範囲です。

 

どれだけ能力が高くても、人一人ができることなんてたかが知れてるし、人は一人では生きていけないんです。

 

それを知っている事が謙虚であるという事です。

 

人は一人では生きていけないって、単なるきれいごとではないですよ。

 

実際、自分の生活がどれだけの人の手によって支えられているか。

 

あなたがどくさいスイッチを連打しまくって、今この瞬間、世界に自分以外誰もいなくなってしまったとしましょうよ。

インフラ停止、食料枯渇…マジで割とすぐ死ぬと思います。

 

仕事だってそうですよね。

ある人がどれだけ有能だったとしても、1人でできることには限界があるんです。

 

自分が人よりできる事を認められない理由

 

結局の所、何故自分のある能力が人より高い事を認められないのかと言えば、

「自分のある能力が、人より優れているという事はとてもすごいことだ」

「この能力がないという事はダメなことだ」

と思っているからなんです。

 

「この能力が高い事はとてもすごい事で、この能力が低い事はとてもヤバい事だ」

という価値観があるからこそ、

「自分がその能力が高い事を認めてしまったら傲慢だ」

ということになるのです。

 

結局、内心、その能力のあるなしで人をジャッジしてんですね。

 

その能力の低い他人を「うわーーーダメだなーー」とジャッジしていることに気付き、

その能力の高い他人を「うわーーーすごすぎるわー自分とは違うーーー」とジャッジしていることに気付き、

ジャッジを減らしていけば

「あ、別にこの能力が高いとか低いとか、そんなことで人の価値は変わんねーな」

ということに気付きます。

 

そうすれば、自分がその能力が高い事をサラッと認められるようになるのです。

 

 

結論:ジャッジをやめよう

 

 

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*1:実際彼女は迫害されてましたけど、最終的にありのままの自分で周りと調和する所までもっていきましたね。